大切なものは失ってからその価値に気付く。彼女はコピーなんかではなかった。
ロサンゼルス初日の半日観光の最後は、ダウンタウンの革製品が中心の免税品店だった。ぼくはお土産への興味はなく、何も買わずに品定めをしているフリをして時間を潰した。
規定の買い物時間が過ぎ、そのままダウンタウンで昼食を採ることになった。ぼくは一緒だったカップルと共にリトルトウキョウのレストラン街に入った。レストラン街では日本人タレントを何人か見掛け、ぼくたちは何軒か店を見た上で、一番入り易かった焼き鳥屋で定食を食べることにした。
焼き鳥屋の中は日本人ばかりで、何か歌舞伎町辺りの焼き鳥屋に入っているような雰囲気だった。しかし、味は悪くなかった。
食べ終わって会計をしようとすると、お土産すら買わないぼくが気の毒に見えたんか、カップルの男性が奢ってくれた。
そうして半日観光が終わり、ぼくたちは滞在するホテルに向かうことになった。そのカップルは迎え来た別の車に乗り換え、郊外にあるアナハイム・ヒルトンに向かった。どこかで見掛けた顔だと思ったが、結局、彼らが何者なのかは最後まで分からなかった。
ぼくの方はそのままツアーをしたミニバンで、ハリウッドの外れのパームホテルに向かった。朝からガイドをしてくれた旅行会社の人が助手席に座るぼくに話し掛けて来た。
「一人でロスに来るなんて、何か目的があるの」
「いえ、別に・・・・」
「オプショナルツアーにも申し込んでないんだよね」
「ええ、まぁ。一人で行きたい所はあるんですけど」
「そうなんだ。まあ、気晴らしに来るだけでも良い所だけどね」
「何か気になりました?」
「うん。半日観光なんて型通りのコースで面白くないのも分かるけど、それにしても難しそうな顔をしてたから」
「そうでしたか・・・」
「色々あるにせよ、せっかく来たんだからもっと楽しだ方が良いよ。今からでも申し込めるから、何かオプショナルツアーに申し込んでみれば」
「そうですかね。まぁ、行きたい場所へのツアーがあれば・・・」
そうしてぼくは彼の営業活動に乗り、二つのオプショナルツアーに申し込んだ。一つは、ユニバーサルスタジオとシーフードディナー&ナイトフライトがセットツアーで、もう一つは、グランドキャニオンの一日ツアーだった。
ミニバンが高速の出口を降りた。ホテルはそこから直ぐ近くで、ぼくはホテルにチェックインをした。
ツアー代金から考えれば余り贅沢は言えないのだが、それでもケチを付けたくなるホテルだった。汗を流そうとバスルームに入ったが、バスタブこそあったが今時小学校のプールにもないようなシャワーヘッドだった。
多少時差ボケはあったが眠くもない。ホテルには朝夕だけ営業する小さなレストラン以外には何の設備もない。ぼくはシャワーを浴び、荷物を片付けると一人で街に出た。
ホテルからハリウッドの中心部まではそう遠くない。歩いて10分も掛からなかった。街は賑やかではあったが観光客の姿がなく、チャイニーズシアターで記念写真を撮っている日本人など何処にも見受けられない。
ぼくはチャイニーズシアターでSF映画を見て、それからバーガーキングでチーズバーガーセットを食べた。お陰でお腹はかなり満足したが、まだホテルに足を向ける気にはならなかった。
ぼくはサンセット大通りの外れを歩いていた。良い天気で乾燥した爽やかな風が吹いている。雑貨屋を覗き、今度は反対側の小さな店に入ろうと信号が変わるのを待った。その時、誰かに声を掛けられたような気がした。
振り返ると交差点の手前の駐車スペースに1台の大型車が停まっていた。名前は知らないが見るからに高級なスポーツカーだった。
ぼくが車の横を歩き過ぎようとする時に、窓越しに大柄な背広姿の白人男性が、車の中から何かを言って来た。それは明らかにぼくに向けられていた。
ぼくもそれなりに英語はできるつもりだが、早口で何を言われたのかよく聞き取れなかった。雰囲気的には何か場所を探しているようだった。
ぼくはその車に近付き、彼に聞き取れなかったことを伝え、観光で来ているから道を尋ねられても分からないと応えた。すると驚いたようで彼は窓から身を乗り出した。どうやら彼はぼくをロス在住の日系人と思っていたようだった。
彼は不思議そうな顔をしていた。
「どうしてこんな外れた場所を一人で歩いているのか?」
今度はゆっくりした口調で尋ねて来た。確かに観光スポットではなかった。
ぼくは特に理由もなかったので、そのままその通りに答えた。
彼から滞在しているホテルを聞かれ、ぼくはパームホテルと答えると、
「日本人の観光で、あんなホテルを使うのか」
と驚かれた。
彼は、自分は仕事で日本に何回も行っていて、今もUCLAに通う日本人のホームステイの学生と暮らしていると話した。それからぼくは暫く彼の知る日本について会話をした。
そして彼は、もしぼくに、
「何も予定がないのなら、用事が片付いた後で車で市内を案内しても良い」
と言い出した。
ぼくはその場で少し考えた。彼は陽気な中年男性で、その親切そうな笑顔も演技とは思えなかった。ぼくは彼が仕事の途中だと思い、そのことを尋ねた。
「何も問題はない」と彼は笑顔で答えた。