今度の観光は陽気なアメリカ人がガイドだった。彼は車で映画で使われた名所やローズボール、ドジャースタジアムなどを面白い解説付きで案内してくれた。最初は不安もあったが、途中から彼のペースに馴れて午前中とは全く違う楽しい観光になった。

 

 旅行先で不用意に車に乗るのが危険だと言うのは、ぼくも十分に承知している。しかし、好奇心の方が勝っていたし、投げ遣りな気持ちも強かった。それにどう考えても彼は自分より裕福そうなので、身包み剥がされることもないと思った。

 コンビニで缶ビールを買い、グリフィス天文台に向かった。車から降りて市街を見下ろすと、夕焼けに覆われた町並みが映画の一場面のように鮮やかに映えていた。

 

 ぼくは彼とグリフィス公園のベンチに座り、よく冷えた缶ビールを開けて乾杯した。

 彼はぼくがロサンゼルスに来た目的を尋ねた。
 
 ぼくは彼に話すべきか迷ったが、これも清算の一つだと思って話すことにした。
半年の出来事を伝え、忘れるためにロサンゼルスに来たと答えた。


 彼は真剣な顔でぼくの話しを聞いた後、缶ビールを掲げて再び乾杯を促した。

「クソッタレ!」
「今夜の出会いに乾杯!!」
「ロスへようこそ!」と何度も叫びながらビールを飲んだ。

 彼はぼくに同情し、とても心配してくれた。彼はぼくに日本を出てロサンゼルスで暮らせば良いと勧めた。


「悪くないね」とぼくは応えた。

 

 メルローズアベニューのレストランで夕食をご馳走になり、その後で家に来ないかと誘われた。

 

 ぼくは「ホテルに戻るのが大変だから」と応えたが、結局は「車で送るから」と言う彼の説得に負けてしまった。

 

 彼の家は、ビバリーヒルズの奥の方にある集合住宅だった。集合住宅と言って日本とはスケールが違う高級さで、駐車場から玄関までも日本のリゾートホテルよりも立派だった。しかし、ぼくが持っていた彼の住む家のイメージとは違っていた。

 ぼくは彼が郊外の一軒家で家族と共に暮らし、その中でホームステイを受け入れていると思っていた。彼は陽気で温和な上に、良きアメリカの父親を連想させる風貌だった。

 

 家に上がり、リビングに通された。部屋には美術品が幾つも飾ってあり、その奥に日本刀と鎧兜も置いてある。

 

 彼が留守電を確認するとホームステイをしている学生から「今夜は遊びに行くので帰らない」旨のメッセージが入っていた。彼はぼくに紹介したかったようで少しガッカリした様子だった。他に家族はいないようだった。

 それから缶ビールを飲みながらレストランでテイクアウトしたチキンを食べた。テレビではSFドラマの新シリーズが放送されている。日本ではまだ放映予定もない作品なので、彼は丁寧にシリーズの展開を説明してくれた。何となく「帰りたい」とは言い出し難かった。

 

 SFドラマが終わり、今度はやたらと銃撃戦の多い番組が始まった。彼はぼくに本物の拳銃を見たいかと尋ねた。ぼくが肯定すると彼は立ち上がって拳銃を持って戻って来た。

 

 ぼくは拳銃を持たせて貰った。それは銀色の回転式拳銃で重さも大きさも手に持って苦にならなかった。子供の頃に遊んだモデルガンの方がもっと大きくずっと重かったような気がする。

 

 彼は以前強盗に入られたことがあり、それから枕元に常備していると話した。ぼくは彼に強盗に入られてどうなったのか尋ねたが、その先は話してくれなかった。何か話したくないことがあったのは想像が付いた。

 彼に「アルコールを抜こう」と誘われ、野外にあるジャグジーに入ることになった。ぼくは彼から短パンを借りて着替え、彼の後ろを付いて行った。ジャグジーは共用の設備で、棟と棟を結ぶ公園のようなスペースに点在していた。
 何か日本の温泉にいるような雰囲気だったが、お風呂ではなくプールの設備の一つなので流石に裸では入らないようだった。

 ぼくたちが入ろうとしたジャグジーには、黒の水着を付けた女性が先に入っていた。その女性は彼と顔見知りのようで明るく声を掛け合ってジャグジーから上がって行った。

 

 ぼくはこんな生活もあるのかと考えさせられた。

 

 泡に浸かりながら彼が「泊まって行かないか」と言った。

 

 ぼくが「明日は朝からツアーに参加するから」と答えると、朝食を食べてホテルに送ると続けた。

 

 断る理由はなかった。もう夜も遅かったし、ホテルよりも居心地も遥かに良かった。ぼくは少し考えた上で同意した。

 

 彼の部屋に戻り、再びビールを飲み始めた。バスケットの試合が流れていたが、アルコールが回りゲームの行方は段々と分からなくなって行った。

 

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