天井の照明が点き、機内食を乗務員が配り始める。機長からロサンゼルスの天候と現地時間の連絡があった。ぼくは腕時計の針を直した。結局、時間潰しの文庫本を読み終えた後の時間は殆ど夢虚ろな回想に費やしてしまった。


 隣の女子大生が目を開けた。


「おはよう」と声を掛けてみる。
「えっ、もう着いたの」
「朝ごはんだよ」
「眠い・・・zz」彼女は再び目を閉じてしまったが、ぼくが食べ終える頃になって慌てて起きた。

 

 ロサンゼルス空港には予定よりも早く着き、入国審査を終えたぼくは「良い旅を!」と言って隣に座っていた女子大生と別れた。

 

 到着ロビーには大勢の現地添乗員が待っていて到着したお客を迎えている。ぼくもチラシの上ではツアーの参加者だったが、ツアーと言っても参加者はぼく一人で、半日の市内観光が付いているだけだった。大手のツアーの添乗員に紛れて画用紙に書かれたぼくの名前を掲げている人がいた。それには他に二人の名前が書かれている。ぼくは彼の側に近寄って行った。


「赤木さんですか?」と声を掛けられた。
「はい」
「ここでちょっと待ってて下さい。もう一組いるんです」
 彼はそう言って辺りを見回した。その一組は新婚旅行と見受けられるカップルだったが、男性も女性もどこか見覚えがあったが、サングラスを掛けていたのでよく分からなかった。特に女性の方は芸能人じゃないかと思ったが、二人とも言葉が訛りがあったので思い過ごしだと自分で自分を納得させた。

 

 ぼくたちはクライスラーのミニバンに乗り込み、半日の市内観光に出掛けた。 最初はサンタモニカのフィッシャーマンズ・ビレッジだった。海沿いの遊歩道にはカラフルなコテージやギフト・ショップが何軒も建ち並んでいるが、まだ朝が早くジュースの売店以外は何処も開いていなかった。

 

 ぼくはカップルに記念写真を撮ってあげた後、売店で買った不味いジュースを飲みながらカモメの佇む遊歩道を歩いた。沖には大きなクルーザが何艇も見える。朝からこんな所で三、四十分も時間を潰せと言われても、特に当てがある訳でなく途方に暮れてしまう。ベンチに腰を下ろし、ぼんやりと海を眺めた。

 

 青い空、青い海、まだ夏の日差しが降り注ぐ、絵ハガキそのもののサンタモニカだった。そう言えば、彼女の気を引こうとこんな感じの絵葉書を描いて送ったこともあった。しかし、ぼくの今年の夏はこんなに爽やかではなかった。

 

 丁度こんな天気の日にぼくの優越感は崩れ始め、蜜月だった筈の彼女との関係は束の間に終わった。

 

 

 その日、ぼくは出勤して席に着いた。前日の出張の資料を整理し、交換した名刺を片付けようと引き出しを開けた。 引き出しの中には、水色の社用の封筒が入っていた。彼女からのものだった。


 封筒にハサミを入れながら、どうして机の上ではなく、わざわざ引き出しの中に入っていたのかを考えた。誰かが気を回したのかも知れないが、余り良い気持ちはしなかった。


 中には手紙と彼女と一緒に撮った一枚の写真が入っていた。手紙を手に取った時、ぼくは「やっぱり彼女はぼくを必要にしている」と思って純粋に嬉しかった。待ち焦がれていたものが、待ちに待って漸く届いたと言う感じだった。

 

≪Dear 赤木どの

 

 先日はわざわざ小説を持って来て頂いて、本当にありがとうございました。(おまけに高価なものまで頂いて・・・)

 

 小説、とても面白かったです。その日中に読んでしまいました。

 

 「私をスキーに連れてって」の高尚版ですね!あれは。赤木さんのスキーフリークな面が伺えて、なんだか微笑ましかったです。


(私にはスキーの技術はど素人で分からないけれど・・・)
 とにかく感心しました。

 

 欲を言えば、私は登場人物の中の[片岡さん]をもっと出演させて貰いたかったです。前半部分の上司とのやりとりが、私にすっごく似ていて、読んでて恥ずかしくなるぐらい共感できました。はい。

 

 ただ、そんな現実的場面や不倫の話しなどもあったのだけれど、私には何故か(こんなことを言ったら失礼かも知れないけど)赤木さんの[愛]や[女性]に関するイメージが純粋過ぎる域に走っていると思います。

「女性はもっと腹黒くて、したたかな生き物です」

 

 是非、気を付けて欲しいと思います。(なんて・・・)とにかく素敵なお話しでした。

 

 また読ませて下さいね!

                    From 木原里美 ≫

 

 その小説を配ったのは彼女で八人目だったが感想文を書いて来てくれたのは彼女が初めてだった。手紙の中で彼女は小説の登場人物の一人に自分が似ていると言っ
た。その人物には二人のモデルがいた。一人からは性格的な所を、もう一人からは境遇的な所をモデルにさせて貰った。前者は去年の春に転勤するまで自分の下にいた女性で、後者は三年位前に会社を辞めて行った同期の女性だった。

 

 手紙の文面からするとどうやら彼女は前者に近いようだった。写真を見るとぼくの隣には笑顔の彼女が映っていて、裏面にはサインペンでメッセージが書いてあった。

 

「友人にこの写真を見せました。『よく撮れているでしょう!』(私)『赤木さん、緊張してない?」(友人)です。」

 

 ぼくは手紙やメッセージを何度も読み返した。やがて喜びが不安に変わって行った。ぼくには手紙の内容をどう解釈したらいいのか分からなかった。写真に映っている彼女の笑顔は、優しくも、嘲笑っているようにも見えた。その時からぼくの心は、彼女が不在のまま、彼女に支配されるようになってしまった。

 

 

【戻る】【第3話】【第5話】