会社で受け取った写真と手紙を家に持ち帰り、ぼくは写真を額に入れて机の上に飾った。それから彼女について少し考えた。そしてまた彼女に返事を書いた。

 

≪暑中お見舞申し上げます。

 

 率直な感想ありがとう。とても参考になりました。


"「愛」や「女性」に関するイメージが純粋すぎる域に走っている"と言う指摘、少し気に障ったけど、確かにそんな所もあるかも知れない。
「先生、どうしたら宜しいんでしょうか?」

 

 でも、木原さんがぼくに対して持っているイメージも本当のぼくとは随分違うと思うよ。これぐらいで見透かされてしまうほど単純ではないんだ。ちょっと読みが甘いな。

 

 それと気になったのは、
「女はもっと、腹黒くて、したたかな生き物です」
 って言うけど、もしかして木原さん自身のことなのかな。

 

 それとも多分この手紙を読むであろう"友達"のことなのかな。
でも、幸いなことにぼくは、そんな生き物に支えられて来たから今までやってこれたんだと思う。きっとこれからも。

 

 写真の方、意外に良く撮れているね。意表を付かれたからもっと変な顔をしているかと思った。

 

 でも、「友達」の言う通り、確かに「緊張している」みたいだね。だけど、その「友達」は、どんな人なんだろう。興味があるな。

 木原さんとは対照的なのかな。

「こんにちは。今度お会いしませんか?」

 

 木原さんと一緒にいると、とても良い刺激が得られる。ぼくが知っている中では(ちょっと危なっかしいけど)全く初めてのタイプ(良い意味で)の女性だ。

 

 これからも時々会って話しをしたい。
                       赤木 光一 ≫

 

 数日が経って、彼女から一枚のハガキが届いた。ぼくは歯痒くて仕方なかった。彼女の手紙やハガキからは、再会を求めるような感情はぼくに伝わって来なかった。だけど、ぼくは無性に彼女と会いたかった。

 

≪ 暑い日が続いていますがお元気ですか?

 

 私の批評など気にせずどんどん素敵な作品を書いて下さい。
 私が執筆中の作品、赤木さんのを見て、全面改正し始めました。
 完成したら送りますネ!(何ヶ月かかるやら・・・) ≫

 

 ぼくの気持ちは行き場を失い掛けていた。それは目的のないまま打ち上げられたロケットのようなものだった。自分で自分をコントロールすることができなくなって、ただオロオロとするばかりだった。彼女に対するぼくの気持ちが何であるのか、それは自分でも「恋」だとはっきりと分かっていた。

 

 ぼくは白黒を付けたかった。勘違いの恋ならば夏の盛りが過ぎる前に終わりにしたかった。そして結論を着けようと彼女にその思いを伝えることにした。

 

≪Dear 木原里美様:

 

 一ケ月近く会っていませんが如何お過ごしですか。小説のリライトを始めたそうですが、順調に進んでいますか。ぼくの方は新しいプロジェクトが軌道に乗り出し、ぼちぼち忙しくなりつつあります。

 

 それでも週末は相変らずテニスとウインドサーフィンに明け暮れています。何かこの前会った時間がとても懐かしいです。
 
 とても短かったけれど、とても楽しかった。

 

 最近、あなたと会った二日間が一体なんだったのかを考えています。あれは夢だったのでしょうか・・・。

 

「やられた。なんでこうなるんだ」

 

 これは、木原さんからの前回の手紙を読み終えた後に、動揺をしてしまった自分に対する評価。


「意味が解かる?」


 ぼくは七月一日に木原さんと会ってから、
「次に会う約束ぐらいすれば良かったかな・・・」
 と思いながら、写真と感想文が送られて来るのを待っていた。待っている間に気持ちが膨らんだり萎んだりして、何か合格通知を
待ち侘びる受験生のような気分だった。そして手紙が届いた。

「補欠」

 

 これが、木原さんの手紙を読み終えた後の印象。これは小説に対する感想のことではないんだ。ぼくって文章を読みながら、相手がどんな気持ちで書いたのか、いつもその背景を考えるんだ。

 

 そして、あの文面から読み取れたことは、先手を打たれて壁を作られてしまったって感じだった。そして、どう対処をしたら良いんだか訳が分からなくなった。

 

 ぼくは木原さんの言葉を拡大解釈していたんだ。そして、過剰な期待をしていた。端的に言えば、ぼくは木原さんの気持ちを自分の都合の良いように誤解してしまった。

 

 ファンには二種類あって、一つは好奇心が発展した興味本意のもの、もう一つは衝動的な恋愛に近いもの。ぼくは木原さんが後者の方だと思ってしまったんだ。

 

 今から思えば、そんなことを本気で思うなんて、馬鹿だよね。

 

 男って難しいようで結構単純なんだ。結局は、

「豚もおだてりゃ木に登る」

 の通りなんだ。夢中になって木を登っている豚には、自分がピエロだなんて考える余裕はないんだ。登り切った後で、
「ぼくを誉めてくれた人は何処へいってしまったんだろう」
 と、途方に暮れるんだ。

 

 木原さんの手紙にはぼくが付け入る隙がなかった。
それで「補欠」だって感じがして動揺した。そして次に、こんなことに女々しく気を留めている原因がはっきりして、
「やられた。なんでこうなるんだ」
 と、思ったんだ。


 その原因としては、次の二つがある。
  1)勘違いをしていた自分が情けなかった。
  2)木原さんの存在が自分の中でとても大きくなっていた。

 特に2)の方が強くて、要するに悔しいけどいつの間にか自分と木原さんの立場が逆転していたんだ。

 

 暗号で表せば、
「ア・ナ・タ・ノ・セ・ン・ス・ニ・ホ・レ・マ・シ・タ」
 に対して、
「ソ・ン・ナ・ア・ナ・タ・ニ・ホ・レ・マ・シ・タ」
 と言うことなんだ。


 それで、夢でも見てたんじゃないかって思ったんだ。

 

 ぼくにできることはこんな手紙を書くだけ。泥臭い恋なんて、らしくない。だけど、もう始まってしまった・・・。


「ぼくにはファンなんか要らない。一人の男として見て貰いたい」

 木原さん、あなたの気持ちを知りたい。あなたの本心が此処に書いた創作の通りなら、それをはっきりと伝えて欲しい。もう、あなたとは手紙の遣り取りしかできない関係なのですか。電話で話すことすらできないのでしょうか。

 

 あなたの気持ちがどうであれ、もう一度会いたい。


                      Sincerely yours ≫

 

 その手紙を出した後のある夜、ぼくは友人から週末のドライブを誘われた。その友人は高校を卒業してウチの裏にある工場で働くようになり、工場の敷地にある寮で一人暮らしをしていた。ぼくの母親がその工場でパートで働いていたこともあり、世話好きの母親に誘われて時々ウチに夕飯を食べに来るようになった。
 彼はとても愛想が良く、実直な好青年で、毎月少ないながら実家に仕送りをしていました。ぼくとは同じ年齢ということもあり、ウチに来ている内に仲が良くなり、遠慮のいらない身内とも呼べるような存在になっていた。

 

 中央自動車を走っていた彼の車は追い越し車線をずっと走り通していた。


「スピード出し過ぎじゃない?」
「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた」
 彼は車を追い越し車線から走行車線に移した。

 

 相談があってぼくをドライブに誘ったようだった。半年ぐらい前から付き合っている相手がいるようで、カッコを付けて無理をして中古でスポーツカーを買ったが、金銭的に困っているようだった。それに最近は相手とも上手く行っていないらしい。


「良い車だと思うけど、困っているなら売るか、もっと安い車に替えた方がいいんじゃない?」
 ぼくは余り考えず、ぶっきら棒に彼に厳しい言葉を投げてしまった。


「それは無理だよ。俺も彼女も気に入っていたし、車がないと会いに行けない」
 彼は直ぐに否定した。


「でも、生活を取るか、車を取るか、選ばなきゃ」
 ぼくが改めて言うと、彼は暫く沈黙した。
「選べないよ。どうしたらいいんだろ?」
「そんなの分からないよ」とぼくは自分の問いに対して答えも出さず突き放し、再び沈黙が続いた。


「こちらはこちらで色々あるし、相談に乗っている余裕なんてないよ」と続けてぼくが言った。


「そうなんだ」彼からすれば意外なようだった。


「彼女がいるだけ羨ましいよ。こっちなんて、もうどうしたらいいか分からない」
「全然そんな風に見えなかった、ごめん」彼がそう小さく言うと、車の速度もゆっくりになった。


 彼がぼくに頼みたいことは何となく分かったが、その時のぼくは彼に手を差し出すことをしなかった。

 

 

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