教員資格認定試験の合格後、翌年の夏に行われる教員採用試験を受験することにしました。このため、通信制大学は休学し、採用試験対策に専念です。1次が7月、2次が8月なので対策期間は十分にあります。
   
 受験先は首都圏の某所で、受験当時は1次は筆記と論文と簡易な面接、2次は模擬授業と面接と実技でした。
   
 1次試験の対策として、
   
 筆記は、過去問集を購入して往復の通勤時間に読み捲りました。暗記勝負です。
 小論文は傾向が明らかだったので事前に何通りか書いて練習しました。
   
 この1次試験対策と並行し、2次試験の実技の対策が必要です。
   
 体育は水泳が必須、それに加えてマットとバスケが選択だったので、バスケを選びました。図工と音楽は選択制で、図工を選ぶことにしました。
 バスケは庭にゴールを作ったので、ひたすらドリブルからのレイアップシュートの練習をしました。水泳はFree!の七瀬遥くんのようにお風呂で練習はできないので、毎週末に温水プールに通ってクロールと平泳ぎの練習です。
 図工は毎年試験内容が紙で模型を作った上でデッサンするという傾向だったので、認定試験より楽に思えました。色付けの加減を考慮しなくて良いからです。これも毎週末に練習しました。
   
 問題は、模擬授業と最終面接です。
   
 予備校に通ってアドバイスを受けるか迷った上で、予備校には通わず自力で臨むことにしました。
   
 模擬授業は、理科で「リニアモーターカー」をテーマに決め、指導案や掲示物、シナリオを作って準備しました。面接は、想定質問を洗い出して、どう答えるかを自分なりに整理しました。
  
 そうした試験対策を続け、採用試験の説明会に参加しました。
  
 すっかり忘れていましたが、説明会後に感想を書いたメモが残っていました。
  
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 今朝、この夏の予約をインターネットからしました。教員採用試験です。
  
 合格したとしても収入は半減することになるのでキャリアアップではありません。色々と迷う所はありますが、多様な人材確保のために社会人に門戸が開かれているのでダメ元で挑戦します。
  
  
 志望理由は目先の収入より夢に挑戦したいからです。夢は少子高齢化などで閉塞感が高まりつつある日本を活気のある社会に変えることです。そのためには未来を託せる人材を数多く輩出する必要があります。その仕事が小学校の教員だと考えています。
 吉田松陰にはなれないと思いますが、志は高く持っていたいです。
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(う~ん、昔は志が高かった。)
  
 そして7月の1次試験を迎えました。
 筆記、論文、面接、どれも手応え十分でした。
   
 問題なく1次を突破し、8月中旬の2次の模擬授業と面接の日になりました。
   
 模擬授業ではグループが編成され、グループごとに順番に教員役を務めます。開始されるまで時間があるため、待機場所では雑談をして過ごしました。そのグループは社会人経験者ばかりで、その中でも私が最年長でした。
   
 面接は午後でした。特に答えに詰まることもなく、無難に終えることができました。ただ、気になったのは、志望動機を掘り下げるような質問がありません。あっさりした面接でした。
   
 実技は異なる日に行われました。
   
 図工は認定試験で厳しい洗礼を受けていたので、今度こそという覚悟で臨みました。バスケも練習の甲斐があってシュートを決めることができました。水泳も平泳ぎでそこそこ泳げました。ただ、流れ作業のように練習1本、本番1本を順番に泳ぐ水泳の試験は、客観的にとてもシュールだと思いました。
   
 2次試験の合格倍率は、1.2~1.3程度だったので、不合格になる要素はないと思っていました。
   
   
 合格発表の日、合格者リストに私の受験番号はありませんでした。
 なぜ落ちたのか理解できませんでした。
   
   
 後日、試験結果の開示を受けました。2次試験の合否は面接の重みが一番高くなっています。
 その面接が、通常ではあり得ないような低い点数でした。
   
 もう面接態度が云々ではなく、幾ら他の試験が良くても確実に落とされる点数にされていました。
 つまり『絶対合格させない!』という強い意思を感じました。
   
 「及びじゃないってことか・・・」
  そう痛感されられました。
  
 帰り際、腹が立ってコンクリの壁にパンチをして痛かった記憶がうっすら残っています。
   
 私は、合格したら給与が半分以下になっても会社を辞めて教員になるつもりでした。しかし、会社員という身分のまま受験したので、「本気」を感じれらなかったのだと思います。会社を辞め、代用教員として経験を積んでいたら、違う結果が出たと思います。
   
 一気に熱が冷めました。
  
 それは受験先に対してだけではなく、自分に対してもです。
  
『未来を学校から変えたい!』という気持ちはあっても、会社や仕事が嫌な訳でもなく、今の生活を維持することを優先してしまう。
 そもそも元々の動機が、リストラされても食い扶持に困らないようにするためなので、幾らキレイごとを並べてもウソっぽいです。
  
 夢や理想を抱きつつも現実的に自分にとって最善の道を進んでいる。
 要するに『冷めた目でズルく』生きている。
   
   
 それから休学していた通信制大学の退学手続きをしました。単位を増やして教員の2種免許を1種免許にしようかとも思いましたが、再チャレンジはないと思って止めました。
 結局、教員免許は取りましたが、リストラを潜り抜けて今でも会社員生活を続けています。
  
  
 教員をめざして費やした時間と労力は無駄だと思うか?
  
 答えは、『No!』です。
  
  
 その過程で学んだ知識、目標を短期で突破するための知恵と経験、同じ夢を抱いて知り合った仲間との交流は財産です。それに教員以外の立場で、学校との強い関わりは今でも持っています。そこで知識も経験も非常に役立っています。人生経験に無駄なものなんてない、と本音で思います。
  
 まぁ、結果オーライ、ってことで。。 (おわり)

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