第1章:ある夏の河口湖

1.6 夕暮れの富士急ハイランド


 私は天井山のロープウェイを下って駐車場に戻り、そこからホテルに向かいました。ホテルは富士急ハイランドの近くです。

 

 私はチェックインを済ませて荷物を置き、徒歩で富士急ハイランドに入園しました。元々閉園時間まで過ごす予定で、アフタヌーンパスを事前に購入しています。

 

 男性が一人で遊園地に行くことは珍しくないし、何度も経験済みなので抵抗がありません。が、その日は他に同じような方を見掛けません。私は、たまたま、なのだと思い込むことにしました。

 

 私は遊園地の雰囲気が好きですが、高い所やグルグル回る乗り物は苦手です。なので、『エヴァンゲリオン・ワールド』や『富士飛行社』など見るアトラクションを中心に楽しみました。

 

 ただ、静かな乗り物に見えた『テンテコマイ』というアトラクションに乗ってしまい、間違えて操縦桿を倒したらプロペラのように身体がクルクル回り出しました。

 

『これは洒落にならない』

 私は慌てて力づくで回転しないように操縦桿を抑え込みました。

 

 想定外の体力と神経を磨り減らし、私は静かな所で休もうと『リサとガスパールタウン』に向かいました。『リサとガスパール』はフランスで人気がある絵本のキャラクターで、富士急ハイランドの中ではカフェやショップが軒を連ねる落ち着いたエリアとなっています。

 

 そこで再び夢の少女に似た女性を見掛けました。その女性は夢の少女と色違いの浴衣姿でした。

 

 

  フランスの街並みを思わせる『リサとガスパールタウン』の中にある焼き立てパンの『カフェブリオッシュ』の前に立つ女性が、しばらく店内を見ていた後でこちらを向きました。

 

 天井山で見掛けた女性は後ろ姿が似ているだけでしたが、今見ている女性は髪型こそ違うものの夢で過ごした少女と瓜二つの容姿です。私は少し離れた所からその女性を目で追ってしまいました。

 

 夢には、記憶に残っていなくても、一度でも見聞きして脳に僅かでも記録されたことは現れます。ただ、見聞きしたことがない筈のことまで現れることもあります。

 夢の中でも無意識に妄想や空想の世界が創られ、それが目が覚めた後に類似したこととして現れれば『予知夢』と言われます。

 

「あれは予知夢だったのだろうか?」

 私は女性を見ながらそう声に出してしまいました。

 

 女性はパン粉で顔が汚れた『リサとガスパール』の像を繁々と眺め、顔を撫で、スマホで写真を撮っています。

 私は確かめたいことがあって、その女性に近付きました。

 

「良かったら、その像と一緒の所を撮影しましょうか?」

 

「えっ、ありがとうございます。いいんですか?」

 

「ええ。そのリサとガスパール、とても可愛いですよね」

 

 私は女性からスマホを受け取り、像と一緒の女性を撮影しました。そして、その女性が夢の少女と同じ人物であることを確信しました。

 

 浴衣姿の女性は姿だけでなく、声も、笑った時の表情も夢の少女と同じでした。

 

 

「ありがとうございました」

 

「どう致しまして」

 

「良ければ、もう一か所だけ、あの車の前でも撮影して貰っていいですか?」

 

 撮影後に言葉を幾つか交わすと、女性が少し照れ気味に言い出しました。

 

 女性が示した先にはボンネットやルーフが花いっぱい飾られたピンク色の自動車がありました。

 

 幾つかのポーズで撮影していると、女性のスマホが鳴り出しました。女性が電話に出ると相手は怒っているようで、スマホ越しに謝っていました。どうも約束の時間が過ぎているようです。

 

「撮影して頂いてありがとうございました」

 その女性はそう言って去って行きました。

 

 女性を見送った後、私は夢でも一緒だったのに名前を知らないことを今更ながら苦々しく実感しました。

 

『夢の続きを見て、名前を聞かなきゃ!』

 夕暮れの中、そう思いながらホテルに戻りました。

 

 私は夕食と入浴を済ませると、自宅から持って来たノートPCで、今朝目覚める前に見ていた夢に関係がありそうな民話や昔話、歴史などを調べました。

 

 夢は一晩の内に断片的なものを含めて幾つも見ます。夢の全てを思い通りにはできませんが、眠る前に強く思ったことは夢への出現確率が上がります。そして、自分を襲った人間とは思えないモノへの対抗手段を考えました。

 不意打ちでなければ人外のモノとも戦えます。明晰夢なので、どんな奇想天外なことであっても想定内となるよう事前に準備をすれば良いのです。

 

 

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