サーカスのテントの片隅で


 サーカスに入って間もないそのピエロは、テントの片隅でジャグリングボールの練習をしていました。

 

 元々器用ではなく、人の笑顔を見るのは好きですが、笑わせるのは苦手です。それでもサーカスに入りたいと思ったのは、小さい頃に見たサーカスで、悲しいことを忘れてしまうぐらいにピエロの演技が楽しかったからです。自分もそんなピエロを演じたいと思いました。

 

 それから何年か経ち、見習いのピエロとしてサーカスに入ることができ、一緒に日本中を公演して回るようになりました。

 でも出番は全くなく、仕事は準備と片付けです。寝る間を惜しんで練習しましたが、ピエロとして不器用に演じる以前に失敗ばかりで何も上手くできません。それでもがんばって練習し、ジャグリングボールは何とかできるようになりました。

 

「やっと出番を貰えた。みんなを笑顔にしたい」

 

 そのピエロはほんの少しだけ公演でステージに立つことを認められました。その日が目前に迫った時、コロナ禍で公演は中止になりました。ずっと先まで埋まっていたサーカスのスケジュールは全てキャンセルです。

 

 多少の支援が受けられるとはいえ、元の規模のサーカスは維持できなくなりました。先輩の団員たちはどんどん辞めて行きます。

 

 それでも、そのピエロは団長に頼んで他の仕事を掛け持ちし、サーカスに残りました。そしていつ再開されるか分からない公演に向けて毎日練習をしています。みんなが悲しいことを忘れるぐらい楽しい演技を見せるために。

 

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