第1章:ある夏の河口湖

1.1 ふじてんサマーゲレンデ


 楽しい夢は大抵の場合、先を急いだ途端に目が覚めてしまいます。今朝の夢は、これから出掛ける場所が舞台の出来事でした。

 

 「デジャヴ」はごく稀に見ることがありますが、今朝のは「これから出掛ける」と言っても何度も出掛けている場所なので、「デジャヴ」とは違います。

 

 山梨県の『ふじてん』や河口湖周辺が舞台の夢でした。

 

 

 私の夢には、色があり、匂いがあり、味があり、意識があります。

 

 それを明晰夢と呼ぶらしいですが、大学に入るまでは他の誰もが同じような夢を見ていると思っていました。が、実は違っていました。

 

 そのことを知って不思議に思い、大学の頃は3年間『夢日記』を付け、起床時に体温、血圧、心拍数、体調、前日の行動を記録しました。

 

 そして私の夢には一定のルールがあることが分かりました。

 

 ①シナリオは自分では変えられず、行動には制限がある

 ②意識が客観的な場合と主観的な場合がある

 ③意識が年齢や性別を含め、自分本人でない場合がある

 ④夢の世界には経験や知識、面識のない場所、人物まで登場する

 ⑤夢の中で強い衝撃があると目が覚める

 

「もう一度同じ夢を見て、続きを体験したい」

 それはできたりできなかったりです。

 

 ただ、見なきゃ良かったと思うこともあります。

 

 

 さて、こんな明晰夢を最初に見たのは、中学生の頃でした。

 

『動けない。誰か助けて』

 

 初めて金縛りにあった時のことはよく覚えています。

 

 当時の私は、イジメを受けながら嫌々学校に通い、原因不明の神経痛で時々背中から胸に掛けて串刺しにされたような痛みがありました。

 

 その頃は現実の生活だけでなく、夢すらも楽しいものではなかったです。

 

 嫌な夢を見ている途中、ふと意識が戻りました。

 

 声が出ない。身体が動かない。何とか布団から出て立ち上がる、助けを求めてドアに向かう。しかしドアは開かない。

 半狂乱となって部屋の中をメチャクチャにする。

 

 やがて意識が飛ぶ。否、落ちる。闇の中に自我が存在するけれど、何もできない。

 

 そして目が覚める。整った布団の中に身体はあり、見回すと部屋は整然としている。

 

 イジメに悩んでいた中学時代は、そんな夢を時々見ていました。

 

 

 今朝の夢は、まるで短編映画を観ているような客観的な夢でした。

 

 意味があるのかないのか取り留めのない展開でした。

 

 山梨県の鳴沢村にある『ふじてん』というスキー場のサマーゲレンデに、その少女はいました。

 

 夢の中で意識があることを認識したのは、金縛りに繰り返し遭い、『動けない』と足掻いていることすら夢なのだと理解できた時でした。

 それからは金縛りに怯えて夜を迎えることなく、夢を楽しむことができるようになりました。まぁ、楽しいとは限りませんが……。

 

 夢の中での意識レベルは様々ですが、今朝の夢は客観的に少女を見ていて、自分の意識は自分ではない他の誰かとうっすら重なっていました。

 

「ねえ、いつまでそこで見ているんですか?」

 少女がそう言って来ました。

 

「支度ができたのなら、一緒に滑りましょう」

 そう少女に誘われて、二人でリフトに向かいました。

 

 私は少女と二人でリフトに乗り、取り留めのない自慢話を延々と少女に話しました。ただ自分で考えて喋った訳ではありません。意識はあるものの、無意識に言葉が出て、会話の内容は殆ど記憶に残りません。

 

「へぇー、大変だったんですね」

 リフト降り場に着いた少女は、そう言って散水されて光っているサマーゲレンデを颯爽と滑り出しました。

 

 リフトで登っては滑り降りるを二人で繰り返しつつ、私は少女に気に入られようとリフトに揺られながら色々な話をしました。それに対して少女は嫌な顔をせず笑顔で相槌を返してくれました。

 

「流石に疲れましたね。そろそろ上がりましょうか」

 少女はそう言って来て、私は同意しました。

 

「じゃあ、湖を見に行きましょうよ」

 少女は笑顔でした。

 

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