大学四年のゼミ合宿で生涯忘れられないことが起きました。

 

 ゼミ合宿最後の夜に仲間の一人が正気を失って暴れ出しました。私の友人です。

 

 口数が少なく普段は大人しくて真面目な性格ですが、私とは気が合いました。
 昼間は一緒にテニスをしたり卒論を書いたり、夕食後にギターで合唱したりしていました。消灯後に突然起きて大声で叫び、物を投げたり叩いて壊し、止める仲間を殴り付けています。

 

 私には彼が酒に酔って暴れているのではないと直ぐに分かりました。

 

 目が違います。

 

 普通で考えれば手に負えない事態なので警察を呼ぶ所です。が、多少は傷付けられながらも、その時の私は彼を止めることができました。


 周囲は驚いていましたが、私には怯え切った犬が怖くて暴れているようにも見えたので、彼を宥めることができました。

 

 大学の先生と相談して私が隣に寝て朝まで様子を見ることになりました。

 その夜は彼の隣に寝ましたが暴力を振るわれた後でも決して怖くなかったです。彼は私に小さな声で就職や恋愛の悩みを打ち明けてくれました。「神と悪魔」「宇宙のはじまりと終わり」などもお互いの意見を話しました。

 

 翌朝、顔色は悪く落ち着きがないものの彼は理性を保っていました。前夜の暴走は色々な悩みに耐えられなくて生じた一時的なものだと思いました。私が荷物の片付けをしている時に彼はトイレに行くと言って部屋を出ました。

 

 前夜は警察沙汰になるほどの大騒ぎでしたが宿の方は酔っ払いの仕業と思っています。宿の方は廊下にいた彼の酔いが醒めたと思い、迷惑に対して謝罪を求めたようでした。


 しかし、それが切っ掛けで言い合いになり、再び彼が暴れ始めてしまいました。

 彼が飛び出して行き、他の仲間たちが暴力を振るう彼を力づくで止めたようです。そして私が駆け付けた時には、もう以前の彼はいませんでした。

 

 『進撃の巨人』の中で「アニ・レオンハート」は「女型の巨人」になって人間を殺し、正体が発覚して逃亡が無理だと分かると水晶体の中に閉じ籠って眠りについてしまいました。


 彼は水晶体には包まれていませんでしたが、同じように心を閉ざしてしまいました。もう、私の呼び掛けにも何も答えなくなっていました。
 
 卒業後に大学をリクルーターで尋ねた時、先生から彼の心がまだ戻って来ないと聞きました。何かの切っ掛けで人間は突然狂気に落ち、そして心を硬く閉ざしてしまう。

 私には水晶に閉じ籠った「アニ」の気持ちが分かります。

 

【心が壊れる音を間近で聞く時】