第1章 現代編:新谷真希の観察日記

第4話 石灯籠のタイムカプセル


20XX年9月4日

 

 翌朝、私は澄川先生とホテルのロビーで前日と同じ時間に待ち合わせしていた。この日は先生の方が早くロビーに到着していた。新たな発見への期待から、先生もそわそわしているのだろうか?

 

「澄川先生、早いですね。今日もよろしくお願いします!」

 

「おお、真希ちゃん、おはよう。さて、今日は灯籠の調査だよ。じゃあ、行こうか!」

 

 澄川先生は子どものような笑顔だった。新たな発見への期待で、きっとわくわくしているに違いない。

 

 伏見の神社に着くと、宮司さんの他に作業着を着た石屋さんらしい人が何人かいた。澄川先生が状況説明をした後で、私たちは灯籠のある神社の奥に向かった。

 

 私が歩いていると、宮司さんが近づいてきた。

 

「昨日は、難解なキリシタンの謎解きで大活躍をされたようですね」

 

「いえ、そんな……大したことはないんです。でも、この神社はキリシタンと関係があるのですか?」

 

 私は全て直感で解いたとは言えなかった。

 

「京都では、秀吉がバテレン追放令を出した後も、家康が禁教令により弾圧をするまでは、目立たないようにキリスト教会活動が行われていたらしいんです。この神社もそうした場所の一つだったと言われているんです」

 

「伏見にはキリシタン大名の高山右近の屋敷という名目で、教会が存在していたとも言われているんですよね?」

 

「おお、よくご存知ですね。実は、この神社、安土桃山時代には高山右近や同じキリシタン大名の有馬晴信も参拝したことが記録として残っているんですよ」

 

 昨日、ネットで調べた伏見教会の事が役に立って良かった。高山右近は棄教を拒否して大名の地位を失い、フィリピンに追放された人って知っていた。だけど、有馬晴信は知らなかった。実はキリスト教を受け入れながら棄教しなかった大名で、後に問題を起こして徳川幕府に処刑されたんだって。

 

 目的の灯籠がある場所に着き、澄川先生は作業着の人たちと準備を始めた。

 

「さて、この灯籠、じっくりと調査するぞ」

 

 澄川先生たちが手にした道具で灯籠を慎重に分解していく。石灯籠は幾つかのパーツから構成されていて、大きな傘の裏側に細工がしてあるようだった。その細工が蓋となっていて、中の小さな石室には、油紙で包まれた書物のような物が入っていた。

 

「これは……日記? 安土桃山時代のものかもしれない」

 

 澄川先生が声を上げた。

 

 私の心は高鳴っている。これがまた一つの大発見なのかもしれない。そう思ったら、胸の中で何かが高鳴った。まるで新しい歴史の扉が開く瞬間に立ち会ってるような感じ。

 

「おー、なんか面白そうなことしてる。何か見つかったんですか?」

 

 その時、近くで行われてるイベントからはぐれた観光客らしき人たちが、好奇心からかずけずけと現れた。立入禁止にしていないから仕方がないけど、調査の邪魔になる。イラっとした澄川先生が声を荒げ、言い合いになり、ちょっとした騒ぎに。宮司さんが仲裁してくれて事なきを得た。

 

 調査自体は順調に終わり、沢山の写真を撮った。見つかった書物は痛んでいるため、慎重に保護をされてケースに入れられた。どうやら先生が預かって、大学で調査を進めることになるようだ。

 それからが忙しかった。片付けをして宮司さんと預かり書を交わした後、先生と私は神社を後にした。その後、遺物発見の報告と手続きのために、関係機関に出向き、必要な書類を沢山提出した。先生は道案内で、書類の殆どは私が書いた。まともな昼食を食べる時間もなく、慌ただしく一日が過ぎた。大発見をした感動など味わう暇もない一日だった。

 

 夜になり、新幹線で東京に帰ることになった。私と先生は少し豪華なお弁当を買って夕飯にすることにした。

 

「今日は発見の感動を味わう余裕もなかったから、ちょっとお祝いしようか」

 

 先生は笑いながら、念入りに缶ビールやウイスキーハイボール缶を選んでいた。私たちは二人分とは思えない量のお酒を買い込んで新幹線に乗り込んだ。

 

「真希ちゃん、忙しい一日だったね。今日はありがとう」

 

「どういたしまして。こんな大発見に立ち敢えて光栄でした」

 

 私と先生は缶ビールで祝杯をあげた。

 

「実は、まさかこんなにあっさり見つかるとは、思っていなかったんだ。今回は予備調査のつもりだった」

 

「そうなんですか? 私は先生が謎を解くって思っていましたよ」

 

「そうかい? だったら凄いのは真希ちゃんだよ。キミの勘が特別なんだ」

 

「でも、先生の質問が的確だったんですよ。私は勘が鋭いようで、鈍いですから」

 

「確かに、キミの才能を活かすにはコツが要りそうだね」

 

「そうなんです。当たり外れの波も大きいし、自分でも上手くコントロールできないんです」

 

「それなら今回は幸運だった。どれだけ時間があっても解明できないようなことを、お昼を食べながら、二人であっさりと解いてしまったのだからね。これは奇跡だよ」 

 

 それから先生のお酒のペースが上がった。

 

 いつの間にか澄川先生の酔いつぶれて、私の膝枕で寝てしまっている。東京駅に着くまでは、起こさないでいてあげよう。

 

 今日の一言:

 普段は穏やかな澄川先生が怒る姿を初めて見た。のんびりした性格なのかと思ったら、ちょっとしたことでイラっとする性格なのかな? まあ、今日は大発見をした日だから、気が立っていて特別かもしれないけれど。

 

 次の日の予定:

 明日は仕事がお休み。先生は大学で見つかった書物の調査を進めるらしい。研究者ってお休みがないのかな? まあ、でも先生は研究が面白過ぎて、休みなんて要らないのかもしれないな。それに、研究が趣味みたいなものだし、きっと楽しんでいるのだろうな。

  

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