第1章 僕が出会ったコスプレの彼女

第3話改 僕のキャンセルしたかったコト(1)


 19歳は全国の多くのスキー場でリフト代が無料になっており、僕はこのスキー場の特典を満喫している。これは、スキー場の活性化のため、2011年から全国160ヶ所以上のスキー場が対象になっている全国的なキャンペーンだ。19歳という年齢は、スキー場ではまさに無敵と言えるだろう。2年前は親に旅費を出してもらったが、今回は全額自分持ちだ。

 

 手にしたリフト券で、山頂に向かう。ゆっくりと滑り始め、足慣らしを終えると、僕は山麓に向かってスピードを上げた。

 

(あっ、恋人同士か……)

 

 カップルが目の前で滑っていた。男性が転んだ女性を優しく腕で支え、抱き寄せた瞬間、彼らの顔には甘い笑顔が浮かんでいた。周りには同じようなカップルがちらほらと見え、クリスマスイブの今日、ゲレンデは恋人たちのパラダイスのようだった。真っ白で広いゲレンデの中で、僕だけが『クリぼっち』になったような気がしてしまう。一人で滑る寂しさが、苦い記憶を呼び起こす。

 

 小さい頃に僕が原因で祖父母を失い、それから僕は人との深い関わりを避けるようになった。そんな僕が恋をしたけれど、あっけなく終わった。

 

◇――今年の春

 

 大学に進学した僕は、スキー部やスキーのサークルにお試し参加した。だけど、どこの部やサークルも、アルペン競技や基礎スキーの活動しかしていない。モーグルの競技者が名前だけ所属しているところはあったが、フリースキーの競技者がいる所はなかった。

 ゴールデンウィークに合宿に参加したが、僕が求めているノリとは違った。

 

 それはオフシーズン、僕が一人で室内スキー場で練習していたときのことだ。目の前でスノーボードの女性が大きく転倒した。

 

『大丈夫ですか?』

 

『ありがとうございます。大丈夫です。ちょっと失敗しただけですから』

 

 彼女は驚いたような顔をして僕を見上げたが、すぐに笑顔を取り戻した。

 

『スキーで凄いジャンプをしてますよね? さっきから見ていて感動してました。冬の大会に向けての練習ですか?』

 

『いえ、僕は選手じゃないんです。フリースキーが好きだから、一人で来ているだけです』

 

『あれ? 年下? 一人で来ているの。じゃあ、一緒に滑ろうよ!」

 

 彼女は同じ大学の先輩で、大学のサークル活動で室内スキー場に来ていた。その先輩は明るく活発な性格の持ち主で、すぐに打ち解けることができた。

 

――◇

 

 先輩が所属するサークルは、ゆるい雰囲気でスケートボードとスノーボードが主体の活動をしていて、月に一度は室内スキー場で練習をしていた。僕は特別メンバーとして、インラインスケートとスキーで、サークルの活動に参加するようになった。

 

 僕と先輩は室内スキー場で一緒に滑った。彼女はスノーボードでアクロバティックなスピンやジャンプを見事に決め、その度に僕は驚かされた。彼女はサークルメンバーの誰に対してもフレンドリーで、そのコミュニケーションの仕方には自然体で心地よい空気を作る才能があった。その人柄に、僕は次第に引かれていった。

 

◇――今年の夏の初め

 

 ある日、僕が慣れないスノーボードの練習をしていると、先輩が近くで見ていた。僕はスキーでサークルに参加したが、周囲は全員スノーボードだった。だから、少しはスノーボードができた方が良いと考え、時々スノーボードも練習していた。

 

『アキラ君、ジャンプの時、もう少し重心を真ん中に置いた方がいいよ!』

 

『そうなんですか?  ありがとうございます、次から意識してみます。』

 

 彼女は微笑みながら、丁寧にアドバイスをしてくれた。

 

 先輩と一緒に滑る楽しさも、スノーボードを始めた理由の一つだ。

 

『休憩しようか?』

 

 僕たちは休憩室で、自動販売機の缶ジュースを飲んだ。お互いの過去のスキーやスノーボードの経験について話し合った。

 

『実は、小さい頃からスノーボードをしていて、高校の頃は少しだけ競技にも参加していたんだ』

 

 先輩はそう語りながら、昔の写真をスマホで見せてくれた。

 

『それはすごいですね!  先輩はプロになれるくらい、上手だと思いますよ』

 

『ありがとう、でも、今は楽しむことが一番。競技は厳しくて、プレッシャーもあったからね』

 

 彼女は笑って明るく答えた。

 

『僕も同じです……』

 

 僕の声には少し重さが混じっていた。

 

『アキラ君のスキーは、既にプロレベルだからね。でもアキラ君、大会とかには参加しないの?』

 

 彼女がトーンを落として訊ねてきた。

 

『はい。実は、強化選手に推薦されたんですけど、断ったんです。そのまま進んで本当にいいのかって、色々と考えちゃって……。上手いというだけで、その道の選手としてプロを目指すというのが、僕には違う気がして……』

 

『そっか……、どんなに凄く上手くたって、みんながみんな同じものを目指さなくてもいいよね。でも、公式大会じゃなくて、サークルの対抗戦ぐらいだったら、参加してくれるでしょ?』

 

『ええ、参加賞としてお昼を奢って貰えるのなら』

 

 僕は笑って答えた。

 

――◇

 

 先輩とはスケートボードやスノーボードのテクニックだけでなく、未来の夢や趣味についても話し合い、その共有が僕らの関係を一層深めていった。それぞれの話で笑ったり、考えさせられたりして、僕は明確に先輩との関係が深まっていくことを感じた。

 

 

  つづく

 

【目次】【前話】【次話】