第1章 現代編:新谷真希の観察日記

第7話 告白と告知、終わりと始まりの日々


20XX年10月x日

 

 研究室のパソコンが復旧し、ウイルスワクチンソフトを入れ直し、設定も徹底的に見直した。出張から帰った由紀子さんにパソコンのウイルス騒動のことを澄川先生が話したら、感染に呆れられ、復旧したことに驚かれた。

 ミゲルの日記は、内容が整理できてきたので、もう少し解読が進んだら発表をするらしい。

 

 今日の一言:

 澄川先生と研究室で二人になると、意識しないつもりでも意識してしまう。仕事と恋愛は切り分けないとダメ!

 

 次の日の予定:

 日記をどう発表するかの打合せ。

 

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20XX年11月x日

 

 少しずつ寒くなって来た。今日は初めて研究室に暖房を入れた。澄川先生と二人になると私は意識して緊張してしまう。先生は私の気持ちも知らないで、面白がってからかって来る。本当に困る。けど、嬉しい。私は今の関係を壊したくない。

 

 今日の一言:

 澄川先生のことを好きな気持ちに変わりはないけれど、このままずっと片思いでも構わない。

 

 次の日の予定:

 日記の解読がほぼ完了し、発表の準備が整った。発表に向けて準備開始!

 

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20XX年11月x日

 

 日記の発表の準備をしていた澄川先生が突然倒れた。救急車を呼び、由紀子さんが付き添って病院に向かった。夕方、由紀子さんから電話があり、このまま入院することになるらしい。

 日記の解読で無理をしていたから疲労が溜まっていたのかな? 先生の体調が時々悪かったことに気づいていたのに、恋に浮かれ、発表の準備に夢中で、先生の仕事をちゃんと管理できていなかった。これじゃあ助手として失格だな……。情けない。

 

 今日の一言:

 恋する気持ちはしばらく封印。先生が不在な間、研究室を守らないと!

 

 次の日の予定:

 由紀子さんと今後について打合せ。

 

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20XX年11月x日

 

 千々石ミゲルの日記の発表は、由紀子さんと相談して延期をすることになった。澄川先生が退院したら、改めて発表を考えることになった。澄川先生が不在の間は由紀子さんがプロジェクトリーダーの代行となり、私が由紀子さんをサポートする。

 

 午後、研究室の学生たちと澄川先生のお見舞いに行った。先生はとても元気だった。早く退院してお酒が飲みたいと笑っていた。

 

 今日の一言:

 先生は疲労で倒れたと言っていた。でも、それは嘘だ。とても嫌な感じがする。当たらないで欲しい。

 

 次の日の予定:

 由紀子さんと来年度の予算申請に向けた準備。

 

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20XX年12月x日

 

 澄川先生が退院して、久々に研究室に顔を出した。嬉しい。

 

 今日の一言:

 退院後、先生はしばらく週に2回通院するらしい。元気になって欲しいけど、何か嫌な予感がする。だから、先生の身体のことは考えないことにした。

 私の母方は古い神社の神職家系で占いや祈祷をしていたから、私の勘が鋭いのはその影響もあると思う。でも今は、勘の鋭さなんて要らない。先生の身体が良くなるように願いたい。

 

 次の日の予定:

 明日から澄川先生が研究室に復帰!

 

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20XX年12月x日

 

 澄川先生と二人だけになる機会があり、ゆっくりと話をすることができた。二人でコーヒーを飲みながら、一緒に京都に出張し、石灯籠から日記を見つけたことを懐かしんだ。まだ数か月前なのに、もう何年も以前のことのような気がする。

 

「先生、疲労で入院していたって、嘘ですよね」

 

「そうか、真希ちゃんには嘘をつけないんだったね……。隠していても仕方がないね」

 

「先生、私はずっと先生の助手でいたいです」

 

「ありがとう。でも真希ちゃん、それが無理だという予感が、キミにはあるんだろう?」

 

「そんな予感はないです! 私は先生の病気のことを予想していないです……」

 

 私は言葉に詰まり、涙が止まらなくなった。先生の言葉を聞いて、突然の現実が私を襲ってきた。

 

 先生は席を離れて私の横に立つと、泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「真希ちゃんが研究室に来る前、人間ドックでガンが見つかってね。かなり進んでいて、手術を受けない選択をしたんだ。もう俺は長くない――。この研究室は来年の春から由紀子が引き継ぐことになる。だから真希ちゃんは由紀子の助手として残って欲しい。由紀子は了承済みで、真希ちゃんには是非残って欲しいと言っていた」

 

「由紀子さんは、先生の病気のことを知っていたんですね」

 

「ああ、知っていた――。このプロジェクトに誘った時、由紀子に全てを話し、少しずつ引継ぎを進めていた。黙っていてごめん」

 

「ずるいです。別れた奥さんなんて頼らないで、もっと私を頼って欲しいです。私は先生の助手です! 私だって、先生の病気が良くなるように、もっと前から願っていたかったです」

 

 私は席を立ち、先生の瞳を見つめた。

 

「真希ちゃんは信頼できる助手だよ。それに、とても感謝している」

 

「先生は、私を認めてくれたとても大切な人なんです。いなくなったら困ります」

 

「ありがとう。真希ちゃんと組んで研究を続けることができたら、きっと世界中の色々な謎を解くことができるだろうね」

 

 そう言って先生は私の手を握った。その手は少しざわざわと震えていた。その手の震えが、先生の言っていることの重さを物語っていた。その手の温もりを感じながら、私は先生が好きだと、改めて強く感じた。

 

「私にだって、わからないし、解けないことがあります!」

 

「そんなことがあるのかい?」

 

「はい。私は先生の気持ちがわからなくて、とても不安です。――私は先生が好きです――」

 

 私は我慢ができず、先生の胸に顔を埋めた。

 

「真希ちゃんの気持ちは嬉しい。でも、俺にはもう時間がないんだ」

 

「そんなの嫌です。私は先生がよくなるようにずっと願い続けます。それに……今が幸せなら、私はそれだけで充分です」 

 

 先生は両手で私を抱き締めてくれた。

 

「ありがとう、真希ちゃん。キミと過ごした時間は、俺の一生で最も充実した時間だった。キミと出会えて幸せだよ」

 

 先生が耳元でささやいた。その言葉に、私の心は一瞬で満ち足りた。

 

 

  第1章 現代編:新谷真希の観察日記 完

  

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