チーコとデメはいなくなったが、この家は変わらずに賑やかだった。チーコとデメの不幸を乗り越え、クロベエとタマ、そしてゴエモンは仲良くしていた。


 私はクロベエのおじさんと散歩をするのが日課になっていたし、毎日のように家と裏の社宅をみんなで行ったり来たりして楽しい時を過ごした。


 お兄さんは未成年なのに調子に乗ってお酒を飲んで暴れ、クロベエのおじさんを殴って怪我をさせてしまったこともあった。
 でも、みんなが幸せだった。あの頃は決して今より豊かではなかったけれど、今よりつながりが深く生き生きとしていた。

 

 しかし、そんな時代は長く続かなかった。景気が悪くなり、裏の工場は規模を縮小した。タマの飼い主が去って行き、タマはクロベエのおじさんの元に引き取られた。


 悲観したタマは姿がしばらく見えなくなり、手に怪我をして帰って来た。誰かにイタズラをされたようで太い輪ゴムがキツク巻かれていた。タマは片手を失った。
 片手になってもタマは元気だったが、時々家を飛び出すようになり、やがて飛び出したまま帰って来なくなった。きっとクロベエに対して遠慮があったのだと思う。


 ただ、私は散歩をしている時にタマを見掛けたことがある。タマは別の家族と暮らしていた。小さな人間の子供が片手のタマと庭で遊んでいた。

 それから社宅は段々と人がいなくなり、やがて工場自体も閉鎖されることが決まってしまった。そしてクロベエのおじさんとのお別れ会が家で開かれた。
 おじさんは単身赴任で社宅に住んでいたが、休みの日も自宅には殆ど帰らずにいつもクロベエと過ごしていた。私にとっても家族みたいなおじさんだった。
 そのおじさんが別の工場の寮に引っ越すことになり、クロベエは置いて行かれることになった。おじさんはクロベエに時々会いに来ると約束していた。

 やがて、裏の工場や社宅が壊されて更地になった。ゴエモンやクロベエが遊び場にしていた社宅の芝生もなくなった。
 ゴエモンとクロベエは物置の屋根からその様子を寂しそうに見ていた。みんなの思い出が大きな重機で次々に壊されて行った。
 ただ、約束通りクロベエのおじさんは時々会いに来てくれた。おじさんから電話で連絡がある度にみんなで大喜びした。
 夜遅くまで小さな居間で楽しく過ごし、おじさんはお兄さんの離れの部屋に泊まってクロベエと一緒に過ごした。私もおじさんが来ると必ず散歩に連れて行って貰った。


 クロベエとおじさんは離れ離れでも通じ合っていたし、クロベエはおじさんのことを信じていた。


 でも、そのおじさんが帰省中に亡くなってしまった。みんなが悲しんだ。クロベエは普段から無口で強く、その時にも決して泣いたりしなかった。
 しかし誰にも何も告げず、クロベエはいなくなった。誰もクロベエの消息を知らなかった。ただ、クロベエはどこかで生きているとみんな思っていた。

 

 その頃、近くに病院ができてゴエモンと私は順番に連れて行かれた。病気ではないので私は予防注射かと思っていたが、病院に行くと去勢手術だった。
 仕方がないことなのかも知れないが、私はしばらく痛くて辛かった。ゴエモンもそうだし、ミーコから続いて来た血筋が途絶えることを随分と気にしていた。


 それにゴエモンは近所の猫たちにバカにされるようになってしまった。まだ去勢や不妊手術が広まっておらず、ゴエモンは悔しい思いをしていた。

 工場の跡地に倉庫が建ち、お母さんは倉庫で働き始めた。ただお母さん以外に元の工場で働いていた人はいなくて、倉庫には社宅もなかった。
 そしてお母さんが知り合いから小さなオスの子猫を貰って来て、ゴエモンに子守を頼んだ。青い目をしたその子猫はラムネと呼ばれた。


 ゴエモンは嫌がらずにラムネの面倒を見た。しかし、その暮れにゴエモンが病気で死に、翌年の春にラムネも死んでしまった。

 

 不幸は一度続くと次々と重なるものだった。うさぎと呼ばれた真っ白な猫も家に来て大きくなると死んでしまった。お兄さんはチーコが祟っているんだと言った。


 そしてクロが来て、チョコも来た。やはり二匹も長生きはできず、病気や事故で死んでしまった。しかし私はチーコの祟りや呪いだとは思わない。

 

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