第3章 未来編:AI「MK-AT0027」の調査記録

第17話 廃墟となった古都の記憶と共に


データログ2596年7月21日、記録開始

 

 私たちは関東と中部の調査を終え、かつて京都と呼ばれた地での調査を開始した。ユータと共に廃墟となった都市の中を進む。彼の足取りは重い。

 東京での調査中に発掘した新谷真希のデバイスには、ユータと何らかの遺伝的な繋がりがあるとされる彼女と澄川瑛大が、昔この京都で調査を行ったことが記録されていた。

 

 私たちが見つけ出したのは、何とか形を保っている遺構だ。建物の残骸、文字の消えかかった看板、そして風化した文書だった。記録に残る京都とは全く異なる景色となっている。残された建物の骨組みや壊れた道具たちが、過去の人々の生活の断片を伝えていた。

 

「ミキ、なんだか不思議な気分だ。こんなに変わってしまっても、なぜかここが懐かしく感じられるんだ」

 

 ユータが呟いた。彼の声には感傷が込められている。

 

「私は、懐かしいという言葉の意味を知っていましたが、あなたの表情からとても複雑だと理解しました。寂しくなるのですか?」

 

「ああ、温かいけど寂しい……。でも、こうして、ここに来ることができて、俺は嬉しいよ。それに、ここには珍しい物が色々あって、とても楽しい」

 

 ユータは笑顔になっていた。私はヒューマノイドの感情の変化が、これほど大きいとは理解していなかった。

 

「あなたには、寂しい顔よりも笑顔が似合います」

 

「ありがとう、ミキ。俺も無表情なキミより、笑顔のキミが好きだよ」

 

「ユータ、あなたの感情表現から、私は多くを学んでいます。しかし、ヒューマノイドの『好き』と言うのは、一般に恋愛表現として理解されます。私に対して使うのは、少し違うかもしれませんね。飲酒中であれば、アルコールの影響なのでしょうが……」

 

「いいや、酔っていなくても、俺はキミのことが好きだよ」

 

「冗談は止めてください。私の思考にノイズが走ります」

 

「ミキ、顔が少し赤くなったけど……」

 

 最近、ユータは私のことをからかうようになった。私が女性型アンドロイドの身体をしているので、女性型のヒューマノイドのように見ている可能性が強い。しかし私には彼の性欲を満足させる機能はない。

 

 ヒューマノイドは交配による繁殖ではなく、工場で生産をされているが、男性型と女性型がある。人間の五大欲求は継承されており、男性型と女性型が互いの意思により共同生活をするのも旧文明の頃から変わっていない。

 しかし、ユータは女性型ヒューマノイドとの共同生活を、過去に破綻させている。彼と同年齢で勝気な性格を持つ女性型ヒューマノイドとの間で、互いの極端な特性がぶつかり合い、最終的にはその衝突が別れにつながったと推測される。

 

「ユータ、この冗談の続きは、エアロポッドに戻ってからにしましょう。まずは今日の調査結果を整理しましょう」

 

「了解! この京都でミキと一緒に晩酌するのは楽しみだ」

 

 私はユータと過ごす中で、楽しいと呆れるという感情を理解して表に出せるようになった。今は呆れるタイミングだ。

 

 夜になり、星々が廃墟を照らし出すと、私たちの調査は一日の終わりを告げる。ユータは楽しそうにお酒を飲み、やがて眠ってしまった。私は500年前の断片を集めながら、何れ来る新しい時代に何を伝えることができるのかを常に考えている。そんな無限ループの問いを休止して、また私は新しい一日を迎えるのです。

 

 

データログ終了

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データログ2596年8月23日、記録開始

 

 私たちは、九州の調査を進める中で、かつて長崎と呼ばれた地へと足を運んだ。ここには、キリスト教の信仰が根強かった名残として、教会の廃墟が点在していた。この地は、千々石ミゲルにとっての重要な場所で、かつて彼の棄教とたまとの愛が交錯した歴史が、今は廃墟と化した遺構の中に息づいている。

 

 ここは、新谷真希と澄川瑛大もかつて訪れ、その記録を私たちが発掘したデバイスに残していた。彼らの足跡をたどりながら、私たちは遺物の回収作業に没頭した。回収したのは、時代を超えた信仰と文化の証拠である。かすれた壁画、風化して読むことが難しい聖書、そして色あせてぼんやりとした十字架がそれだ。

 

 遺跡の中で、ユータはふと立ち止まり、千々石ミゲルの棄教についての自らの考えを私に話し始めた。『恋愛』という感情が、千々石ミゲルの決断にどれほど影響を与えたかを推測しながら、ユータはしみじみと語った。

 

「ミキ、恋愛というものは、人間を歴史的な選択へと駆り立てるほどの力を持っているんだ」

 

 私はユータの言葉を黙って聞いていた。千々石ミゲルが棄教へと至った一因である恋愛という感情は、その計算可能な要素を超えた複雑さを持っていると私の分析では示されている。愛のために信仰や立場を捨てるという選択は、私の計算範囲を超えた、測定可能な価値を持つ行為として評価さる。

 

 遺跡調査を終えた私たちは、長崎から持ち帰った遺物と記録を整理するためにエアロポッドへ戻った。夜は更けて、星空が美しく輝きながら、ユータは静かにお酒を飲み、私は彼の隣で静かにデータの分析を続けた。

 

「ミキ、キミは愛についてどう思う?」

 

 ユータが突然訊ねてきた。私は一瞬ノイズが走り、言葉を失った。そして静かに答えた。

 

「私は愛を感じることはできませんが、愛が人を動かす強い力であることは理解しています。そして、愛を通じて歴史が形作られることも」

 

「そうだね、愛は歴史を作る。そして、お互いを理解し合うことも。俺たちももっと理解し合えると思わない?」

 

 ユータは微笑みながら言った。再び私の中にノイズが走った。

 

 

データログ終了

  

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