第2章:深まる秋の相模路

2.1 照手姫伝説の横山丘陵


 私は父の実家が昔からある蔵を改修するというので、蔵の片付けを手伝いに行った際に古い書付を見つけました。それは大昔から大事に引き継がれて来た物のようですが、今に至るまで内容を誰も理解できなかったらしいです。

 その書付をスマホで写真に撮り、私は『歴史研究部』と掲げてある雑談部屋で仲間たちに見せました。

 

「これって紙は古そうだけど、文字は現代文字でしょ。偽物とは違うの?」

 画面を見て女子の先輩が言いました。

 

「その可能性もあるけど、『伝網に覆われし世になる時、次の文字が示す場所を見よ』っていうのが何か引っ掛かるんです」

 私は先輩に答えました。

 

「確かに、その下の不規則な文字の羅列って、あれ? もしかして」

 男子の一人が何かに気付きました。

 

「これって、こうやってアルファベットに読み替えればWebのアドレスじゃね」

 その男子が部室のパソコンに向かって何かを打ち込みました。

 

『本人確認をします。メールアドレス、生年月日、ペットの名前を入力してください』

 パソコンのWebブラウザに怪し気なサイトが表示されました。

 

「なんだこれ? フィッシングサイトじゃん。取り敢えず、適当に入れてみるか」

 その男子はそう言って適当に入力しました。

 

『間違った情報が入力されました。あと2回でロックします』

 

「やっぱダメか。どうする?」

 男子が私に訊ねました。

 

 

  私はパソコンの操作を男子から代わり、迷った末に自分のスマホのメールアドレスと自分の生年月日、ペットの名前を打ち込みました。

 

『認証されました。登録されているメールアドレスにワンタイムパスワードを送信しましたので入力してください』

 

 スマホが鳴り、メールが届きます。私は恐る恐るそのメールに書かれたパスワードを画面に入力しました。

 

 パソコンの画面には、生気のない落ち武者のような姿の大勢の者たちが、民家に迫って来る様子がリアルに映っています。

 

「三増峠の戦い後に多くの悪霊や餓鬼が現れて集落を襲っています。これを見たら助けに来て!」

 映像の最後に音声が残っていました。

 

「今の声、お前じゃないの?」

 男子は私の自作自演を疑っているようです。

 

「日本版ゾンビ映画の予告編?」

 先輩もパソコンの画面から私の顔に視線を移します。

 

「知らない、知らない。私はこんな動画なんて知らないよ」

 私は首を振りながら再生を繰り返しました。

 

 その時、部室の扉が開きました。

 

 部室に顧問の先生が入って来て、動画の話は終わりになりました。私はパソコンの画面から1シーンだけスマホで撮影し、電源を落としました。

 

 

 その日は、歴史研究部の活動で、学校近くの姥川沿いにある横山丘陵の『照手姫の里ロマン探訪の小路』の清掃を兼ねた散策でした。横山という地名は照手姫の実家である横山氏と所縁があります。

 

 照手姫は、室町時代に鎌倉公方の足利持氏と戦って敗れた常陸の国の小栗満重をモデルにした小栗判官との恋物語が語り継がれていて、浄瑠璃や歌舞伎にもなっています。

 

 物語の小栗は鞍馬の毘沙門天の申し子として京の貴族の家に生まれます。

 彼は美女に化けた深泥ヶ池に住む大蛇と恋仲になり、懐妊した大蛇が神泉苑の八大龍王と争って天変地異が起き、それが宮中に露見して常陸の国に流されます。その流された常陸で、相模の郡代横山に照手姫という美しい娘がいると噂を聞いて恋文を書き、返事を受け取ると家来を伴って婿入りをします。

 そんな強引な小栗に腹を立てた横山に小栗は毒殺されますが、照手姫にも責任があると川に流されてしまいます。

 

 死後、閻魔大王から大蛇と契った小栗を除き、家来は蘇生させると言われますが、家来は既に火葬にされていました。閻魔大王は家来から『代わりに小栗を生き返らせて欲しい』と頼まれ、『熊野本宮、湯の峯温泉に入れば元の姿に戻る』との手紙と共に死後3年経った現世に送り返します。そして小栗は餓鬼阿弥の姿で首に「この車を引くものは供養になるべし」と木札を付けられ、人から人に引き継がれて荷車で熊野に運ばれます。

 

 

 一方、照手姫も一命を取り留めて漁師に助けられますが、嫉妬をした漁師の妻に人買いに売られ、売られ売られて美濃の国の万屋に下女として売られます。そこで何度も遊女にさせられそうになりますが、病気持ちだと断って、代わりに16人分の下働きをして過ごします。

 

 その荷車が美濃に至った時、照手姫は不思議な縁を感じます。そして毒殺された小栗の供養になればと主人に申し出て5日の暇を貰い、美貌を隠し狂人の真似をした照手姫は小栗と知らずに餓鬼阿弥を乗せた荷車を引きました。

 照手姫は戻る前に餓鬼阿弥に『傷が癒えたら美濃の万屋にお寄りください』と書き残します。そして荷車は出発から444日目に熊野に着き、修験者たちに担がれて餓鬼阿弥は湯の峰温泉に入りました。すると傷が癒えて49日目に元の小栗の姿に戻りました。

 

 蘇生した小栗は京に上って再起をすると、美濃に行って車を引いてくれた女が照手姫だったと知り、二人は約束通り夫婦になりました。その後、小栗が横山を討ったとも思い留まったとも伝わっていますが、二人は幸せに暮らしたそうです。

 

 私は照手姫にシンパシーを感じますが、自業自得の目に遭ったとも思える小栗を好きになれません。

 

 私たちは照手姫が植えたと伝わる榎のある榎神社から坂を降り、照手姫の乳母が産湯に使ったことから姥川と言われている姥川沿いの『ロマン探訪の小路』に足を踏み入れました。 

 

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