雪だるまに恋をした一匹のねこ

ある雪の日の出会い


 ある朝、銀色の目を持つ珍しいねこが、窓際で夢見るように外の景色を眺めていた。その目は、遠い星の輝きのように神秘的だった。

 

「外で遊びたいなぁー」

 

 そのねこは春に生まれ、子猫の時に、公園で作られた大きな雪だるまのそばで見つかり、この家に迎えられた。それから人間の家族と一緒に時々外で遊ぶことができていたが、他所の家の庭でイタズラをした時に捕まり、酷く叱られ、それから外に出られなくなってしまった。狭い部屋の四隅に閉じ込められた日々の中で、窓越しに広がる外界に憧れを抱き、ときにはかつての自由な日々を夢想していた。

 

 曇り空から白いものがひらひらと落ちて来る。雪だった。

 

「なんだろう? 雨ではないみたい」

 

 降り出した雪は段々と強くなり、庭が白く覆われて行く。ねこは起き上がって雪が積もって行く様子を不思議そうに見ていた。

 

 午後になるとねこが窓から見る世界は真っ白になっていた。やがて人間の家族が戻り、雪に覆われた庭で何かを形作り始めた。まるで魔法にかけられたように、そこには雪だるまが姿を現した。その雪だるまは、ねこのいる部屋の方に顔を向けていた。

 

「こんにちは。あなたは外で遊べていいですね。うらやましい。外の自由な世界いるあなたを見て、私もその喜びを少し感じてみたいと思ってしまいました」

 

 ねこが話し掛けても雪だるまは何も答えなかったが、優しい笑顔だった。

 

 夜になると雪は止み、ずっと窓から雪だるまを見ていたねこも丸くなって眠りについた。

 

「コンコン」

 

 窓が叩かれる音がしてねこは目を覚ました。ねこが窓の外を見ると、雪だるまがガラスの向こうに居て、木の枝の手でガラスを叩いていた。

 

「夜の静寂を照らす美しいねこさん、こんばんは。私は今日、貴女の家族によってこの世界に生を受けました。夜分遅くに失礼します」

 その雪だるまは、古い詩集から抜け出たような紳士で、その話し方には時代を超越した品があった。

 

「こんばんは。雪だるまさん、何か用ですか?」

 

「ええ。貴女がずっと寂しそうに外を見ていたので、どうしたのかと心配になり、貴女とお話しをしたいと思いました」

 

「ご心配ありがとうございます。窓越しに広がるその世界を見ていると、自由を満喫しているあなたがとても羨ましく思えました」

 

 ねこは雪だるまに、自分が部屋に閉じ込められて外で遊ぶことができなくなったことを話した。

 

「それはお気の毒ですが、私と一緒に少しでもその寂しさを忘れませんか? 幾ら美しい姫ほどお城の塔に閉じ込められるのが定番と言っても、貴女にとっては苦痛そのものでしょう」

 

「そうなんです。自分が大事にされているのは分かるのですが、外の世界はどんなに広く、美しいのかと、ただ一度でいいから全てを自分の目で見てみたいのです」

 

「分かりました。では、私の案内で、外の世界を一緒に探索してみませんか? 貴女がまだ見ぬ素晴らしい景色を、共に体験しましょう」

 

 雪だるまはそう言うと、木の枝の手をゆっくりと振り始めた。その動きに合わせて、部屋の窓ガラスが光を帯びていくように見えた。光は次第に強くなり、窓全体が不思議な輝きで満たされた。すると、ねこがその光るガラスに手を触れると、驚くべきことに手がガラスをすり抜け、やがてねこの頭も、身体も、窓の向こう側へと通り抜けることができた。

 

「雪の世界にようこそ」

 

 雪だるまは木の枝の手をねこに伸ばした。

 

 ねこは雪だるまと共に白い世界を駆け巡る中、突如現れた神秘的な光に導かれ、雪の中に隠された古代の遺跡を発見した。そこでは、過去の物語がねこの目の前で生き生きと蘇る。二人は物語の世界で自由を謳歌した。そして遺跡の外で一緒に遊んだ。雪を掛け合ったり、転げ回ったり、雪に絵を描いたり、そして寄り添って語り合ったり。

 

 久々に外に出られたねこは遊びに夢中で雪の冷たさなど感じなかった。

 

「あなたに会えて良かった。今はとても幸せ」

 恥ずかしそうにねこがそう言った。

 

「私もです。貴方のいる家に生まれ、貴方と出会えた運命に感謝しています」

 

 雪だるまとねこは見詰め合っていた。

 

 ただ、東の空が赤く染まり出し、薄っすらと長く伸びた雪だるまの影が段々と濃くなって行く。

 

「残念ながら、別れの時間が訪れたようです。本日、貴女と共に過ごせたことに感謝します。私たちの思い出は永遠に心に残ります」

 雪だるまが静かに言った。

 

「嫌です。もっと一緒にいたいです」

 

「それは私も同じ気持ちですが、貴女が外にいる所を誰かに見付かったら、貴女がまた酷いことをされるかも知れません」

 

 ねこは雪だるまに説得されて薄っすら光るガラスを通り、渋々と部屋の中に戻った。ねこが部屋に戻ると、ガラスは再び不思議な光を失い、ただの窓に戻った。その瞬間、ねこの心の中でも何かが変わったようだった。

 

「また連れ出しに来てくれますよね?」

 

「はい。必ずお迎えにあがります」

 

 ねこと雪だるまはそうして別れた。

 

 その大雪の翌日は雲一つない快晴で、朝から気温が高かった。ねこが外の異変に気付いたのは昼前のことだった。屋根や地面を覆っていた雪は消え、雪だるまも崩れ出している。

 

「どうして、雪だるまさんが溶けてしまう! 雪だるまさんを助けて!」

 

 ねこには雪だるまが溶けて行く様を見ていることしかできない。ねこが幾ら泣き叫んでも陽射しは容赦なく雪だるまを溶かして行った。雪だるまは最後までねこの方に笑顔を向けていた。しばらくして、雪だるまの頭を飾る赤いバケツの帽子が、悲痛な別れの象徴のごとく、静かながらも厳かに、重く地面に落ちていった。

 

 その日を境に、ねこが窓際で丸くなることはなくなった。ねこは部屋の奥で静かに時間を過ごすようになり、その瞳には遠く深い思索が映っていた。雪だるまと過ごした時間が、ねこの心に自由の真の意味を教えてくれた。雪だるまがいなくなった今、外の世界に対する見方も変わった。

 

「雪だるまさんと共に過ごした貴重な時間は、永遠の宝物となりました。その思い出は、寒い冬の夜も心を温かく照らし続ける、永遠の光として私の中に残ります。雪だるまさんのいない外の世界なんて、もうどうでもよいのです」

 その日もねこはそう呟いて眠りについた。

 

 その夜はとても冷え込みが厳しく、空は厚い雲で覆われている。そして、星々がその顔を隠した漆黒の夜空の下、ねこの悲しみを優しく包み込むかのように、静寂を破る無音の中で、柔らかながらも切ない雪が静かに降り積もりはじめた。

 

おわり

 

【戻る】