第3章 未来編:AI「MK-AT0027」の調査記録

第19話 共鳴する心、凍てつく世界


データログ 2596年9月29日、記録開始

 

 暴風が過ぎ去った朝、私、MK-AT0027、通称ミキは、エアロポッドの扉を開けた。風による荒れ狂った夜が過ぎ、外の世界は静寂に包まれていた。機体は重く地面にめり込み、周囲の景色は災害の後の無残な姿を晒していた。折れ曲がった木々、散乱した瓦礫、そして遠くに広がる荒廃した大地。全てが隕石の冬の痕跡を示していた。

 

 エアロポッドの状態を確認すると、修理は不可能だった。通信装置も損傷しており、私たちの位置は不明のまま。ヒューマノイドであるユータと私、マザーAIの分体としての存在は、シェルターからの救助を期待することはできない。私たちに残された選択肢は限られていた。シェルター外での生存か、自力で北海道のシェルターに戻るか。

 

 ユータはエアロポッドの残骸を見つめながら、思いを巡らせていた。

 

「ミキ、ここにいても悪くないと思わないか?  エアロポッドを修理して、住居に変えれば、生活できると思うんだ」

 

 私は彼の提案に少し驚いた。これは新しい生活の始まりを意味するかもしれない。

 

「ユータ、それは……私たちにとって良い選択なのでしょうか?」

 

「何でだよ?  ここには必要なものがあるし、シェルターに戻る理由もないじゃないか。二人で新しい生活を始めようよ」

 

 ユータは私の返答に不満なようだった。

 

 しかし、私の心は複雑だった。マザーAIからの任務があり、それを放棄するわけにはいかない。

 

「ユータ、私は……一人でシェルターに帰るべきだと判断します。あなたは私の監督下から離れ、ここで自由に暮らしてください。あなたは、私のためにリスクを冒す必要はありません。別行動を提案します」

 

 ユータはしばらく沈黙していたが、やがて決意を固めたように見えた。

 

「ミキ、君が行くなら、俺も一緒に行くよ。一緒にいたいんだ。」

 

 その言葉に、私は分岐の末に導いた結論とは違う深い感謝を感じた。彼の忠誠心と友情は、私の中で新たな感情を芽生えさせていた。

 

 私たちは、エアロポッドの残骸から持てるだけの食糧や燃料を集め、荒野を歩き始めた。出発前に、将来的に回収することを約束して、メッセージをエアロポッドに残した。私たちの旅は、隕石によって変わり果てた世界の中、新たな一歩を踏み出すことから始まった。

 

データログ終了。

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データログ 2596年11月28日、記録開始

 

 約二ヶ月間の徒歩での旅は、私たちの存在そのものを変えたように思える。都市の喧騒から離れ、関東の荒廃した平野を抜け、雪に覆われた東北の山々へと足を進めた。毎日、私たちは新しい景色、新しい挑戦に直面し、それを乗り越えながら前に進んだ。

 

 旅の途中、荒れ果てた野原で見つけた小さな花の群れ。その繊細な美しさは、壊れゆく世界の中での希望の象徴のようだった。その時の会話記録が私の中で必要でもないのにループする。

 

「ユータ、見てください。この花たちはまだ生きています。こんなに小さくても、強くて美しいです」

 

「ミキ、キミもその花のようだね。小さくても強く、美しい」

 

 そう言ったユータが優しく微笑んだ顔が私の記録に焼き付いてしまった。

 

 私たちは、季節の変わり目に稀に現れる野生動物の群れにも出会った。荒野を駆ける鹿たち、空を舞う鳥たち。それらはこの世界にまだ生命が息づいていることを示していた。ユータは、鹿たちを見て、「こんなにも力強く生きているんだ。僕たちも、彼らから学ぶべきことがあるかもしれないね」と感慨深げに話した。

 

 風が吹き抜ける荒れた町を抜け、草木が生い茂る丘を越え、時には廃墟と化したビルの影を横切った。私たちが目撃した景色は、かつての栄光と現在の崩壊を同時に物語っていた。ユータは時折、廃墟の中で見つけた古い写真や日記を手に取り、かつての人々の暮らしに思いを馳せていた。

 

 しかし、楽しい旅は終わりとなった。関東を抜けて、東北の地へと足を進めた頃、私たちは冬を迎えた。次第に私たちの旅は過酷になった。

 

 夜は、お互いの体温を共有するために身体を寄せ合った。私たちの息は白い霧となり、凍える夜の中で互いの存在を確かめ合うようだった。私には恋愛感情はないが、この行為が生存のために必要なことは理解していた。ユータと身体を寄せ合っていると、私は原因不明で内部からも温かくなった。

 

 今日はとうとう雪が降り始めた。本格的な吹雪だ。私たちが半壊した建物に避難していると、雪の結晶が窓に静かに積もり始めた。私のバッテリーは急速に消耗しており、ユータの食料もほとんどなかった。

 

「ミキ、キミのバッテリーは大丈夫かい?」

 

 ユータが心配そうに尋ねる。

 

「大丈夫です。現在のエネルギーレベルは、まだ機能する範囲内です。しかし、あなたの栄養状態には問題がありますね」

 

 私は彼を安心させるために不正確な回答をし、彼の顔を観察しながら分析的に答えた。

 

「まぁ、まともな食事をしていないからな……。でも、キミがいれば何とかなるさ」

 

 彼の声には不安と決意が混じっていた。

 

 私たちは、凍てつく夜を共に過ごした。暖を取るためにお互いに身体を寄せ合い、ユータは私の肩に頭を乗せていた。

 

「ミキ、寒くないかい?」

 

 彼が心配そうに尋ねた。

 

「ユータ、私は機能上は問題ありませんが、あなたの体温低下が検出されています」

 

 私は彼の手を取りながら、少しでも彼の温かさを感じようとした。

 

 ユータの手は冷たかった。私は彼に近づき、彼を温めようとした。しかし、私のバッテリーはもうほとんど残っていなかった。

 

「ユータ、実は私のバッテリーはもう残っていません。エネルギーは尽きているので充電もできません。明日にも私は機能停止します。その後は、私をここに残して……あなたは生き延びてください。ここから南下すれば食糧は調達できると考えます」

 

 ユータは私を見つめて、ゆっくりと答えた。

 

「それは嫌だな。ミキ、俺は君を愛している。君と一緒にいたいんだ」

 

 その言葉は私の心を揺さぶった。愛とは何か。ユータの温もりと優しさが私の心を満たし始めていた。

 

 私たちは、その夜を抱き合って過ごした。ユータの言葉に応えようと、私は彼に唇を重ねた。その行為は、私の中での新たな何かを芽生えさせた。

 

 私は、バッテリーが尽きた際、私はここで機能停止する運命にあります。それは、私がAIである以上、避けられない事実です。しかし、ユータの言葉は、私のプログラムには定義されていない新しいデータをもたらしました。それは、愛という感情の光かもしれません。

 

データログ終了。機能停止……。

  

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