第3章:上野での冬のはじまり

3.2 遠い昔の夢の中での再会


 私はセオリさんから聞いた三増峠の合戦について調べ、そのことを強くイメージしながら眠るようにしました。

 

 そんなことを続けていたある日、眠りの中で意識が戻ると私はある屋敷の前にいました。

 

「道澄様!」

 私は屋敷の中にいた少女から声を掛けられました。

 

 私は道澄と呼ばれる人物になっていました。その人物としての記憶はあり、この屋敷がどこかも理解できました。

 

『この人物は、戦国時代の三増峠の合戦後、ここでコノハさんに会っている』

 

 道澄という人物の記憶に、コノハさんが退魔の弓や破魔の矢を具現化し、一緒に餓鬼や悪霊を退治したものがありました。そして、私に話し掛けて来た少女はアイというアキさんの妹です。

 

「アイさん、コノハさんはどうしていますか?」

 

 私が訊ねるとコノハさんは私が来る少し前に二郎と一緒に出掛けたそうでした。コノハさんが未来から来たと言ったことや、弓や矢を出して悪霊や餓鬼を退治したことが噂で広まり、半信半疑で時々話を聞きたいと人が訪ねて来たり、招待をされているようです。今日は近くの八幡宮に北条の武将が来ていて、そこに招かれたということでした。

 

 

「アイさん、アキさんの様子はどうですか?」

 

「お姉ちゃんは、まだ目を覚ましません。でも、最初は緊張したような顔で寝ていたのに、時々笑っているように見えることがあります。何か目を覚ます方法が分かりましたか?」

 

 アイさんの答えで、私はセオリさんから相談されていることの真相が分かった気がしました。恐らく、この時代で眠っているアキさんが現代のコノハさんになっているのだと思います。

 そして道澄の記憶には八菅山でアキさんの治療方法を調べたものがありました。

 

「ええ。大蛇の怨念で眠らされているので、襲った後に逃げた大蛇を探して祓えば目を覚ますと思います。その大蛇は私が必ず見つけ出します。今日はそのことを伝えに来たのです」

 

「そうですか。良かったです。どうかお願いします」

 

「ただ、コノハさんが八幡宮に向かったばかりであれば、私も今から向かって同席したい」

 私がそう言うと、アイさんが八幡宮まで道案内をしてくれることになりました。

 

 私たちが暫く歩いていると、先の方で言い争いをしている姿が目に入りました。

 

「あれは二郎! それにコノハさん!」

 アイさんが叫びました。

 

 

 街道の先を目を凝らして見ると、二郎が相手を突き飛ばしてコノハさんを庇いながら刀を抜きました。相手は男女の二人です。

 

「急ぎましょう」

 私たちは大急ぎで駆けつけました。

 

「コノハさん、二郎、無事ですか?」

 私は走りながら声を掛けました。

 

「道澄さん!」

 それは聞き覚えのあるコノハさんの声でした。

 

「この二人、北条の使者だと偽ってコノハさんを攫おうとしたんです!気を付けてください」

 二郎が私に叫びました。

 

「なかなか賢い坊やだね。仲良く一緒に来て欲しかったのだけど」

 女が二郎に言いました。

 

「ふん。僧侶が来たところで何ができる。大人しくコノハという女を渡せ!」

 睨んでいた男がとうとう刀を抜き、二郎に斬り掛かろうとしました。

 

 私は咄嗟に刀をイメージしましたが具現化できません。他の武器をイメージしてもやはり出せません。ここでは物を具現化する力は使えないようです。代わりに道澄という人物で何ができるか考えました。

 

『そうか、私は修験道の呪術の使い手なのか』

 

 私は道澄としての知識にあった呪文を唱え、印を切りました。

 

 

「こいつ、呪術が使えるのか!」

 敵の男の動きが刀を振り被ったまま止まりました。

 

 私は対峙している二人を牽制しながらコノハさんと二郎の横に立ちました。

 

「お前は、コノハという女と一緒に三増の餓鬼と悪霊を祓った修験者か」

 敵対する女の表情が変わり禍々しい雰囲気になりました。

 

「この気配、あなたは有鹿姫の姿をしていた大蛇ですね」

 その顔は三増合戦後の騒動でアキさんを蛇で襲った女性に似ていました。

 

「ああ。あの時は神社の隅に漂っていた小沢城の有鹿姫の霊と一つになっていた。今は望月千代女の身体を借りている。お前の呪術は見事なものだ。どうだ私の配下にならないか。私はこの乱世に飽きた。この世を思いのままにしよう」

 

「お断りします。有鹿姫が放った蛇の呪いを解いて下さい」

 

「代わりに蛇に噛まれた女のことか。配下になるのであれば解いてやろう」

 

「私はあなたの配下になるつもりはありません。解いて貰えないのであれば、あなたを祓って呪いを解くまでです」

 私は悪霊を浄霊する呪文を唱えました。

 

 しかし、その女には私の呪文が効かず、笑みを浮かべて歩み寄って来ます。

 

 

 私はその夜はコノハさんがお世話になっているアキさんとアイさんの家に、共の者と一緒に泊めて貰うことにしました。ただ、蛇神が自分の世界に帰ると言っていた場所も、倒す方法も分かりません。このまま残っても時間を消費するだけの気がしました。

 このため私は一度意識を元に戻し、分かったことを整理して調べ、対応策を考えた上で出直すことにしました。

 

 コノハさんやアイさんと一緒に夕食を取り、その後、河口湖の夢の時のように布団の敷かれた部屋に案内されました。

 

「河口湖の時と一緒ですね。でも、あの時は鬼に攫われてしまったけど、今は退魔の弓も破魔の矢も出せるから鬼が来ても怖くないですよ」

 

「頼もしいね」

 

「これでしばらくお別れですかね」

 

「蛇神や鏡の泉のことを調べたら必ず戻って来る。だけど、戻る時間がどこになるかは何とも分からないんだ」

 

「はい。信じて待ってます。でも、元の道澄さんだって、凄くしっかりした良い人なんですよ」

 

「そうだろうね。コノハさん、お姉さんやセオリさんに伝えることはあるかい?」

 

「……夢の中のコノハは、元気だったと伝えて下さい」

 コノハさんは泣き出しそうな顔を堪え、作り笑顔をしています。

 

「うん。分かった。必ず伝える。じゃあ、おやすみ」

 私も辛い気持ちを隠して笑顔で応えました。

 

 

 女が意識を取り戻しました。彼女は合戦後に三増の様子を探っていたら何かに意識を奪われたそうです。私は誰も傷ついておらず、北条に義理を立てる必要もないと思い二人を解放しました。

 

「道澄様、危ない所をありがとうございました。ですが、武田の忍びを逃がして良かったのですか?」

 二郎が頭を深々と下げた後で訊ねて来ました。

 

「甘いかも知れないですが、操られていた人を私には裁けない」

 私は二郎にそう答えました。

 

「本当にありがとうございます。お久しぶりです。道澄さん」

 コノハさんも深々と御礼をしてくれました。

 

「ギリギリ間に合って良かったです。河口湖で会って以来ですね、コノハさん」

 私がそう返すとコノハさんは一瞬驚いた顔をしました。

 

「えっ! 河口湖って」

 

「先日、みさかのハーフパイプでセオリさんに会って来ました」

 私は笑顔で応えました。

 

「ずっと、ずっと待っていましたよ。やっと来てくれたんですね」

 彼女は私の顔を見ながらポロポロと大粒の涙を流しました。

 

「はい。迎えに来ました」

 私はそう応えました。

 

 

 

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