ミーコは子供を産まなくなった。恋の季節に家から出して貰えなくなったこともあるが、チーコが育ってからミーコは恋愛に興味がなくなったようだった。


 若いチーコは恋に憧れ、人の目を盗んで家の外に出ることに成功した。出会いを求め、巡り合い、恋が実って多くの子供を産んだ。


 しかし子供は一匹を残して目の開かない内にどこかに連れて行かれた。残された子供はお母さんが貰い手を捜し、少し大きくなると他所の家に貰われて行った。
チーコは悲しかったがミーコに慰められた。二匹は仲の良い親子だった。ミーコは年を取って歯が悪くなったが、それ以外は元気だった。

 

 ある夜、布団の中のお兄さんにお父さんとお母さんが居間で話す声が聞こえた。


「猫なんてもう飼いたくない。やっぱり親をなんとかしないと」
「そんなこと言わないで」
「だったら産まれる度に子猫を川に捨てるこっちの身にもなってくれ」


 お父さんのこの言葉を聞いて、お兄さんは布団から起き上がった。そして居間に行って二人に詰め寄った。


「子猫を捨ててたなんて酷いよ!それにミーコやチーコまで捨てるのかよ。可哀想だろ!」
 お兄さんは怒った。その大声でミーコとチーコも気が付いた。


「ミーコやチーコは捨てないわよ。お父さんが言い過ぎたの。でも子猫は仕方がないのよ。貰い手を見付けるのは大変だし、全部は飼えないから」
 お母さんが悲しそうに答えた。お兄さんは怒りに震えていた。


「そんなの勝手だよ。もう嫌だ。出て行く!」
 お兄さんは外に出た。やり場のない怒りをぶつけ、玄関のガラスを素手で叩き割って血だらけになった。だけど何も解決しなかった。


 その頃はコンビニすらない時代だから去勢や不妊手術をしてくれるような病院は近くになく、里親探しの会などもなかった。メスには辛い時代だった。


 ミーコとチーコは自分たちの子供が助かる見込みもなく捨てられていたことを知った。ミーコは仕方がないと諦め、チーコは人間不信になって行った。

 

 それでもチーコは人目を盗んで恋をすると何年かに一度は子供を産んだ。お母さんはチーコのお腹が大きくなると産まれる前から必死に貰い手を探した。しかし残れるのは数匹だけだった。それに捨てられる前に産まれて直ぐ死んでしまったり、お兄さんが可愛さの余り一緒に寝て窒息死をさせてしまったこともあった。

 

 チーコが子供を産み、一匹が残された夏の夜だった。ミーコとチーコ親子は外で過ごしていた。他の家族は既に寝ていた。そこに野良犬の群れがやって来た。


 その頃は大きくなってから捨てられた犬が野良犬となり、エサを求めて時々現れていた。ミーコは立ち向かい、その隙にチーコ親子を逃がした。


「チーコ、子供を連れて逃げなさい!」
 最初はミーコが優勢だった。身軽に相手の鼻を狙って攻撃をした。チーコ親子を守るために必死だった。一対一ならば活路はあった。


 しかし相手は多勢でミーコは後ろから噛み付かれ地面に叩き付けられた。ミーコは次々に噛み付かれ、やがて息絶えた。


 お父さんとお母さんが気が付いて外に飛び出すと、野良犬たちがミーコを咥えて去って行った後だった。ミーコの亡骸はとうとう見付からなかった。


 チーコ親子は物置の階段の上で震えていた。お母さんがそれを見付けて二匹を抱き上げた。物置上の離れはお兄さんとお姉さんの部屋になっていた。お兄さんは騒ぎに直ぐ気が付いたが怖くて助けに行けなかったらしい。

 

 ミーコに守れらたチーコの子供はデメと名付けられ、他所に行かずに家族として残った。だがデメもメス猫だった。


 デメも大人となり、チーコと同じように恋をして子供を産んだ。ミーコが命懸けで守った子孫の運命は何も変わっていなかった。


 子供の多くは産まれて間もなく連れて行かれたが、チーコはその行き先をデメに教えなかった。デメは子供たちがどこかで生きていると信じていた。


 運良く残された子供の中で何匹かは家の直ぐ近くに貰われていた。

 

【戻る】【第11話】【第13話】