第1章 僕が出会ったコスプレの彼女

第5話改 僕が彼女に見せたかったモノ(1)


 透き通るような髪の彼女を見掛けたときには、すでに簡単なストレートジャンプをするつもりでスピードを抑えていた。キッカーは目前に迫っていた。彼女と目が合ったような気がして、最後の最後にスピードを上げた。

 

(どうする? 挑戦する? これが失敗したらどうなるんだろう……)

 

 彼女の前で最高のパフォーマンスを見せたい。リスクは計算済みだ。力強く踏み切り、飛び上がるタイミングで思い切り身体を捻る。縦に1回、横に2回転させてジャンプする。着地もなんとか成功した。額には冷や汗が滲んだ。

 

(ふぅ、ハラハラした……、けど、なんとか成功できた……)

 

 スキーを止めて振り返ると、キッカーの整備担当者が手を振って喜んでいる。僕は手を高く上げて応えた。キッカーの横を見ると、ジャンプを見ていた透き通るような髪の女性が立っていた。僕は名残惜しいと思いつつ、パークエリアから離れようとした。

 

「待って!」

 

 振り返ると、ぬいぐるみを大事に持ちながら、笑顔でスノーボードを操ってきた。

 

「凄いね! とてもカッコよかったよ! 驚いちゃった」

 

 彼女は、まるで以前からの知り合いのように、明るく話しかけてきた。僕は少し驚いたけど嬉しかった。

 

「えっ! ありがとう――」

 

「クルクル回ってジャンプする人なんて初めて見た! 他のスキー場にはいなかったよ。どうしたらあんな風に飛べるの?」

 

「あっ、その……、まだシーズン初めで雪が少ないから、ジャンプできる場所は少なくて……、だから他のスキー場にはいなかったんだと思うよ」

 

「そうなのね……、全然知らなかった。でも、とても上手ね」

 

「僕はシーズン前に室内のスキー場で練習していたから……」

 

「室内で練習? 室内でジャンプできるの?」

 

 彼女は興味津々だった。

 

「それほど大きくないけど、人工雪の室内スキー場があるんだ。交通の便が良い場所にあるから、時々通って練習をしているんだ」

 

「へー、そうなんだ。凄いね」

 

「雪の代わりにマットを使った屋外のジャンプ施設もあるよ。トランポリンで練習もできるし……」

 

 そう言った後で、唐突に話し過ぎてしまったと反省した。

 

「よくわからないけど、色々あるのね。これより大きいジャンプもできるの?」

 

「うん、練習ではもっと大きいジャンプをしているよ」

 

「そうなの? そうなのね。じゃあ、一緒に滑って、もっと飛んでいる所を私に見せてよ!」

 

 彼女の態度は親しげで、その軽いノリに少し戸惑った。こんなに美しい女性が、理由もなく接近してくるなんて考えられない。

 

(からかわれているのだろうか?)

 

「一緒に滑ろうって言っても、冗談だよね?」

 

「ううん。本気だよ」

 

 彼女は屈託のない笑顔を見せた。

 

「――僕は一人だから構わないけど、結構なスピードを出すよ。そんなに大きなぬいぐるみを持ったままで、本当に大丈夫?」

 

 彼女はウサギのぬいぐるみを軽く撫でた。

 

「うん、私も一人だから。それにこの子も大丈夫だよ」

 

「大事なモノなら滑っている最中に失くしたりしないように、ロッカーに預けた方がいいんじゃない?」

 

「この子は、どこにでも一緒に行きたがるの。だから、今日も連れてきたんだ。それに、一緒に滑りたがっているし……」

 

 彼女は少し曇った顔になった。

 

「えっ? 大切なんだね」

 

「ええ、とても大切な存在よ。三人で一緒に滑ろうよ」

 

(三人って、ぬいぐるみも含めるのか。なんだか不思議な感じだけど、面白そうだ)

 

「わかった。じゃあ、一緒に滑ろう」

 

 彼女は、ウサギのぬいぐるみをとても大切に扱っている。ぬいぐるみを撫でる動きは、とても優しかった。その様子を見て、このぬいぐるみには何か特別な意味があるのだろうと感じた。彼女の瞳には、とても深い愛情が宿っていた。その笑顔を見ていると、ちょっとだけ話に乗ってみたいと思った。

 

 それに、初めて会ったはずだけど、どこかで見たことがあるような気がする。彼女の姿やその透明感のある髪の色が、あの夏の京都の記憶と重なった。

 

(あの日、京都で出会った女性と同じだ。あの夏の京都での出来事……それもまた特別な時間だった。それは別の機会に考えるとして、今は彼女とのスキーを楽しもう)

 

 僕たちはスキーとスノーボードでリフト乗り場に向かって移動した。

 

 

  つづく

 

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