和田野の森の雪道を二台のワゴンが走って来る。二台の車は狭い上り坂の途中にある北欧風のペンションの前に停められた。車から降りた町田達がペンションのドアを開けた。矢部が呼び鈴を鳴らすと奥から橋本が現れた。


「いらっしゃい」
 と、橋本が笑顔で彼等を迎えた。
 
 小雪が舞う兎平ゲレンデを橋本を先頭にした六人がトレーンを組んで滑っている。コブ斜面に苦戦をする初中級のスキーヤーは彼等を憧れの眼差しで見送った。
 兎平の上にあるゴンドラ駅と一体となったコミュニティーセンターで彼等が食事を取っている。
「橋本、身体の方はもう大丈夫なの」
 と、町田が尋ねた。


「うん。大分良くなったよ。今では時々薬を飲むぐらいだよ」
 と、彼が答えた。


「滑っている時は注意しないとだめだよ」
 と、矢部が裕美に言った。


「どうして」
「橋本は何種類も薬を飲んでいるんだけど、心臓発作用にいつもニトログリセリンを持ち歩いているんだ。だから激しく転倒すると爆発してしまうんだ」
 彼がそう言って脅した。


「酷いな。爆発するような量じゃないよ」
 と、橋本が反論した。


「でも、今も持っているんですか」
 と、由美が尋ねた。


「ああ、持っているよ」
 女性達はニトログリセリンを見たがった。


 彼は仕方なく椅子に掛けてあるジャケットの内ポケットから小さなケースを取り出した。
 ケースには二つの細い瓶があって、彼はその一つを手に取って見せた。瓶の中には液体が入っていた。
「もう一つの瓶は何ですか」
 由美が手を出そうとすると、橋本は慌ててケースを閉じてしまった。


「なんでもないよ。これも心臓の薬だよ」
 と、橋本は冷たく答えた。
 
 夕食後のゆっくりとした一時だった。彼等はリビングルームで寛いでいた。由美と裕美は女性二人で内輪の話をしており、男性達は奥にあるテレビの大きな画面を食い入るように見詰めていた。テレビからは今年の技術選のビデオが流れていた。
「確か今年は外国人が優勝したんだよな」
 と、矢部が言った。


「えっ、じゃあ渡辺一樹は三連覇できなかったんだ」
 と、町田が尋ねた。


「うん。不整地のウェーデルンで失敗して、それでマイクファーニーとか言う外人が優勝しちゃったんだ」
 と、橋本が答えた。


「なんだ、日本の基礎スキーも冴えないな」
 と、古淵が呟いた。


「そうだね。NHKのベストスキーに出ていた頃の佐藤正人が懐かしいよ」
「橋本は佐藤正人に憧れていたからな。ベストスキーなんて欠かさず見ていただろ」
「うん。毎週ビデオに録画していたよ。そう言えば古淵はTVKのレッツスキーとかを見ていたんだよな」
「レッツスキーを馬鹿にしちゃ困るよ。ベストスキーよりいい番組だったぜ」
「本当かよ」
 橋本と古淵が言い合った。


「でも、技術選を見てると自分の滑りが情けなくなるけど、俺達も初めて此処に来た頃に較べれば信じられないぐらい上達したな」
 と、矢部が言い出した。


「そうだよな。俺なんて此処が二回目だったから、やっと滑れるようになった段階で、置いて行かれまいと必死だったもの。岩岳の時は散々だったからな」
 と、町田が言った。


「町田は岩岳で地獄を見たからな」
「本当だよ。それに岩岳のロッジに較べれば此処なんて天国に思えたよ」
 と、町田が矢部に応えた。


「そう言えば、俺達がスキーを始めたあの年も今年みたいに大雪だったな」
 と、古淵が続けた。


 彼等はビデオが終わると食堂の一画を借りて酒盛りを始めた。それにペンションのオーナーがお決まりのフォークギターを持って加わり、やがて住み込みのアルバイトや他のグループも加わった大宴会に発展した。そしてその夜は賑やかに更けて行った。
 町田が部屋に戻ろうとしていた由美を呼び止めた。彼女と一緒にいた裕美は微笑みながら彼女の肩を押した。
「見せたいものがあるんだ」
「何ですか」
 と、彼女が尋ねた。


「アジトにある宝物」
 彼は小声でそう答えた。

 

 矢部と橋本は同じ部屋だった。二人はベットに横たわりながら深夜番組を見ていた。矢部が橋本に話し掛けた。


「実は、このスキーの事を相原さんに話してあるんだ」
「えっ、話したの」
 橋本は驚いて起き上がった。


「それで、お前にも他の連中にも内緒だったけど、彼女を誘っていたんだ」
「どうして余計な事をするんだよ」
 橋本は頭を抱え込んだ。


「本当はお前も会いたいんだろ」
「そりゃ会いたいよ。だけど会っちゃいけないんだよ」
「そんなに怒るなよ」
「お前は何も分かっていない。俺達はそんなに単純じゃないんだよ。彼女だって分かっているんだ。だから断わっただろ」
「確かに俺にはお前達の事は分からないよ。だけど彼女は断わってないよ」
「なんだって」
「彼女は自分で決めて明日来るんだ。お前に会うために」
 矢部がそう言うと橋本は黙ったまま何も応えなかった。
 
 二階の外れから密かに梯子が伸びている。ペンションの屋根裏は小さな展望台になっていて、町田と由美が床の上に膝を抱えて座っていた。降り続いていた雪も上がり、夜空からは星の瞬きが降り注いでいた。そして闇には雪化粧した木々や眠りに就いたゲレンデが月明かりで浮かび上がっている。二人は肩を寄せ合って幻想的な光景を眺めていた。
「素敵ですね」
「ああ、此処に来ると落ち着くんだ」
「誰と来ていたんですか」
「誰とでもないよ。敢えて言えば自分自身の悩みや悲しみが一緒だった」
「ちょっと寂しいですね」
「ああ。それに雪が深いほど思い出も深まるけど、その分だけ山を降りるのが辛くなるんだ。スキーヤーが輝いているのは雪の上だけだからね」
「それは贅沢ですよ」
「どうして」
 彼は星空から彼女の方に顔を向けた。


「だって今は輝くどころか輝こうともしない人の方が多いもの。私は一瞬でも輝ければ、それだけで素敵だと思いますよ。それに町田さんは私にはいつでも輝いて見えますよ」
 彼女は星空を見上げたまま答え、彼も再び星空を見た。


「素直に喜んでいいのかな」
「素直に喜んで下さい」
 二人はお互いに向き合った。そして自然に唇が重なって行った。
 
 次の日は朝から晴れていた。矢部は朝食の後で相原の事を他の連中に話した。突然の事に町田達は驚いたが、深い追及や詮索をする事もなく理解を示した。彼等の信頼関係に言葉は要らなかった。それは同情でも単なる友情でもなく、寧ろ兄弟のそれに近かった。橋本は頭を下げて詫びた。
「気にするなよ。仲間だろ、俺達は」
 と、町田が言った。


「ありがとう」
 橋本の声は嬉しさで震えていた。


 彼等はビデオ撮影をしながら午前中は軽く滑り、昼になると相原と合流するためにペンションに戻っていた。そして彼女から到着を知らせる電話が入った。
 ペンションのオーナーがあずさ五号で来る客を迎えに白馬駅に行っていた。相原もその電車で来る予定になっている。彼等は外に出て彼女を待った。
 暫くしてワンボックスカーが戻り、ドアが開かれて相原が降りて来た。
「ようこそ」
 町田が声を掛けた。


「私の事を皆で待っていてくれたんだ」
 と、彼女が応えた。


 他の女性客が続いて車から降りた。その最後の一人は大口だった。


「大口、お前・・」
「町田君も来ていたんだ。偶然だね」
「あっ、ああ」
「本当は町田君を驚かそうと思って後輩を連れて計画的に来たんだ。それに此処って町田君のお薦めだったでしょ、前から一度来て見たかったんだ」
 彼女は笑顔で話した。


「そうか」
「でも余り驚かないんだもの、がっかり。それで町田君の彼女は誰なの。一緒に来てるんでしょ」
 彼女は小声で尋ねた。


「えっ、ちょっと待ってよ」
「冗談よ、冗談。そんなに心配しなくても邪魔はしないわよ」
 と、彼女は明るく言った。


 相原は橋本の姿を探した。橋本は車の後で荷物を下ろすのを手伝っていた。
「スキー場で見ると随分逞しいんだ」
 と、彼女が声を掛けた。


「あなたが知っているのは、俺の一面に過ぎないんですよ」
 橋本は冷たい態度だった。


「久し振りに会ったのに、相変わらず生意気なんだね」
 彼女は明るく言った。


「俺はもう二度と会う事はないと思っていましたから」
 彼は手を休めずに応えた。彼女は立ち尽くしていた。


「ごめん。私なんかが来たら迷惑だよね」
 彼女が視線を落すと彼は動作を止めた。


「だけど、どうしても会いたかったの」
 彼女はそう続けた。


「迷惑だなんて思ってませんよ。俺だって本当は同じ気持ちだった」
 彼はゆっくりと彼女と視線を合わせた。
 
 彼等が昼食を取っている。


「さっきの女性って知り合いなの」
 と、古淵が町田に尋ねた。


「ああ。彼女は会社の同期で、それにスキー部で一緒にモーグルをやっているんだ」
「じゃあ、相当スキーが上手いんだろうね」
「うん。コブ斜面は俺より上手いな」
「町田より上手いなんて半端じゃないな」
 と、矢部が会話に加わった。


「私なんか全然だめだな。スキーなんて何年振りだろう」
 と、相原が言った。


「前はよく滑ったんですか」
 と、町田が尋ねた。


「年に何回か遊びで滑ったぐらい。多分、今は全然滑れないと思うわ」
「それなら指導の上手なコーチがいるから大丈夫ですよ」
「それって誰の事」
「橋本ですよ。俺も初めは奴にスキーを教えて貰ったんです」
「そうなんだ。私にも教えてくれるかな」
 彼女は向かいに座る橋本を見た。
「俺の指導は厳しいですよ」
 と、橋本が言った。


「さては仕事の敵を取るつもりだな」
「それもいいですね」
 そう言って橋本は笑った。
 
 リーゼングラードに掛かるリフトを降りたスキ-ヤ-が第一ケルンを目指して斜面を登っている。其処は八方の最上部で樹木は殆どなく、息も止まるような後立山連峰の大パノラマが広がっている。


 ケルンの回りに記念撮影をするスキーヤーが集まっている。町田達もその中でケルンを挟んでポーズを取っていた。ファインダーの中に彼等の笑顔があった。
 圧雪された中斜面を彼等がゆっくりとしたペースで滑って来る。橋本は遅れ気味の相原の横に付いて彼女にスキーを教えていた。矢部はその様子を後向きに滑りながらビデオカメラに実況付きで収めている。
「以上、橋本デモのスキーレッスンでした」
 矢部がビデオを停めた。


「橋本、そろそろ邪魔ものは消えるから、後は上手くやれよ」
「余計なお世話だよ。とっとと行けよ」
「そうだな。じゃあな」
 矢部はそう言い残すと勢いを付けて滑り出した。そして彼は先を滑る町田達に声を掛けて追い抜いて行った。彼等は振り返って二人に合図を送った。橋本と相原はスキーを止めて手を振って応えた。
「いい人達ね」
「当然ですよ。俺の仲間ですから」
「仲間か、いい響きね。羨ましいな」
「あなただって今はその仲間ですよ」
「そうかな。ありがとう」
 風が幾らか吹いて来た。青空は西から雲に覆われ出していた。風に乗った雪がペアリフトに揺れる町田と由美の所に飛んで来た。


「雪が降って来ちゃいましたね」
「そうだね。何か本降りになりそうだ」
 彼は空を見上げてそう言った。


「私、今回のスキーに来て本当に良かったと思っています。何か忘れられない思い出が沢山できそうです」
「そうだね。色々あったから一時はどうなるかと思ったけど、無事に収まりそうで良かったよ」
「橋本さんの事ですか」
「ああ。今回は参ったよ」
「だけど凄い元気そうだし、相原さんも来た事だからもう大丈夫じゃないですか」
「だといいんだけど、ちょっと心配だな」
「どうしてですか」
「橋本は昔から女性に受けがいいし、年上と言っても相原さんって凄い綺麗だから俺は二人が恋に落ちたのも不思議とは思わない。だけど俺には果敢無いと言うか、とても脆く見えるんだ。それに二人の周りで事件が起きて彼女も一度は逮捕され、そして死者まで出てしまった。あの事件はこのまま終わってくれるのだろうか」
 町田は怪しげな空を見上げてそう話した。
 
 夜になると雪は本格的に降り始め風も強くなり出した。しかしペンションの中では外の吹雪とは関係なく暖かく穏やかな時間が流れていた。
 彼等は夕飯を食べ終え、昨夜と同じように酒盛りを始めていた。相原は食堂の隅にあるグランドピアノに目を留めた。
「食堂にピアノがあるなんて素敵ね」
「オーナーの奥さんが昔は音楽の先生だったみたいなんですよ」
 と、町田が応えた。


「じゃあ此処で時々演奏をするんだ」
「演奏と言うか、少なくともカラオケ替わりに伴奏はしてくれますね」
「カラオケの替わりは酷いわね」
「相原さんもピアノが弾けるんですか」
 と、由美が尋ねた。


「ええ、少しは」
「どんな曲が弾けるんですか」
「譜面があれば大抵は弾けると思うけど」
「凄いな。それなら聴かせて下さいよ」
「でも、怒られるんじゃない」
「平気ですよ。此処は防音がしっかりしてるし、それにピアノが鳴り出したらオーナーも直ぐに参加しますよ」
 と、町田が言った。


 相原は橋本と楽譜を見ながら話し合っている。他の二組も二人の世界に入っていた。そして楽し気な恋人達の中で古淵だけが取り残されていた。
「しかし酷いな」
 と、古淵が言った。


「なんだよ」
 矢部が尋ねた。


「だって、俺だけが一人なんて完全に間抜けじゃない」
「仕方ないだろ、成り行きなんだから」
「だけどこうなるなら来る前に言ってくれればいいのに」
 と、彼は不満を漏らした。


「えっ、古淵ってスキーに連れて来るような相手がいたのか」
 矢部は驚いたようだった。


「そんなに驚いたら失礼だろ」
 と、町田が言った。


「そうじゃなくて」
 と、古淵が言い始めた。


「じゃあ、なんだよ」
 と、矢部が尋ねた。


「心の準備の問題だよ」
 彼は口篭もりながらそう答えた。


「なんだそりゃ。お前も相変わらずだな」
「いいだろ。俺はお前等と違って硬派に徹しているんだよ」
「何が硬派だよ。モテないだけだろ」
「馬鹿、俺はスキーに女を持ち込まない主義なんだよ」


 古淵と矢部が言い争う中、相原は食堂の中央にあるピアノを弾き始めた。曲はビートルズのヘイ・ジュードだった。その演奏に橋本がギターで続き、町田は立ち上がって空き缶をマイク替わりにして歌い出した。其処に自動販売機の飲み物を買いに来た大口達が様子を見に来た。


「随分楽しそうですね」
 と、大口が古淵に話し掛けた。


「えっ、ああ」
「少し聴いていてもいいですか」
「別に構わないよ。良かったら此処で一緒に飲まない。大勢で飲んだ方が楽しいし、部屋にいても退屈でしょ」
 と、古淵が誘った。


「何が硬派なんだか」
 と、矢部が呟いた。


 食堂の中にヘイ・ジュードの寂の部分が大合唱となって響き渡った。
 
 ペンションの部屋の中だった。町田は古淵と二人でテレビのニュース番組を何気なく見ていた。アナウンサーは二人に相原が関わったとされた不正融資事件の続報を知らせた。


「当初は犯行を苦にした山中での自殺と思われていました。しかし自殺に至るまでの足取りが未だに不明であり、着衣の汚れが不自然であった点や自宅に訪問者がいた形跡があるなど多くの疑問が残っていました。また現場付近から入手の難しい劇薬のニトログリセリンの容器が発見され、警察ではその関連を捜査していました。そして同支店の行員で不正融資事件の告発者である橋本信博容疑者を殺人容疑で全国に指名手配しました」


 橋本の顔が画面に映し出された。二人は暫く呆然としていた。


「これ、何かの間違いだよな」
 と、古淵が言った。


「あいつが殺人なんてする訳ない。殺人犯がこんな所でスキーなんかするかよ」
 と、町田が答えた。


「そうだよな。だけど、もし本当だったらどうする」


 二人は矢部と橋本の部屋を尋ねた。彼等はベットに腰を掛けて話し始めた。


 矢部と橋本はニュースを知らなかった。町田がニュースで伝えられた内容を話し、橋本にその真相を尋ねた。重苦しい雰囲気の中で時間だけが流れて行った。そしてゆっくりと橋本が口を開いた。


「そのニュースは間違いじゃないよ」
「嘘だろ」
 町田がそう言うと橋本は首を横に振った。


「お前が人殺しをするなんて、俺には信じられないよ」
 と、古淵が言った。


「俺が殺したんだ。首を絞めて殺した後で、支店長が車で逃亡した末に自殺をしたように見せ掛けたんだ。ニトログリセリンは、支店長を運んだ後に心臓発作が起きて、その時に誤って落したんだ」
 橋本は淡々と話した。


「馬鹿野郎。どうして、どうしてそんな事をしたんだよ」
 矢部が立ち上がり橋本の胸倉を掴んだ。


「許せなかったんだ、どうしても」
 橋本は涙を零していた。


「だからと言って殺していいのかよ」
「仕方がなかったんだ」
「何が仕方ないんだ」
 矢部は涙を流しながら橋本を離し、腰を下ろして頭を抱え込んだ。


「一体何があったんだよ」
 と、町田が尋ねた。


「不正融資を告発したのは俺なんだ。俺はその犯人が支店長だと知っていた。だけど支店長は相原課長に罪を被せた。俺はそれが許せなくて支店長のマンションを尋ねたんだ。丁度、町田君に電話を掛けた後だよ。だけど結局は虚しい口論になっただけだった。俺は警察に全てを話すと支店長に言って帰ろうとした。そうしたら支店長が襲って来たんだ。そして俺は支店長を殺してしまった」


「先に襲って来たのが相手なら正当防衛じゃないか。どうして自殺したように見せ掛けたりしたんだ」
 と、町田が言った。


「初め俺は支店長を殺す気だったんだ。だけど途中で殺すのが馬鹿馬鹿しくなって思い止まったんだ。だから先に襲われたのは俺だけど、殺意はあったんだ」
「橋本・・お前、どうしてだよ」
「これ以上は話せないよ」
「俺達にもか」
「ごめん」
「でも、警察は納得しないぞ」
「そうだろうね。だからあの時の俺にはこうするしかなかったんだ」
 と、橋本が呟いた。


「警察に行って自首した方がいいよ。今からでも遅くないよ」
 と、古淵が言った。橋本は黙ったまま何も答えなかった。


「お前がまだ逃げたければ、お前の好きなようにすればいい。俺は止めないよ」
 と、矢部が言った。


「でも、もう指名手配されているんだ。絶対に逃げられないよ」
 と、古淵が言った。


「そんな事は分からないだろ」
「絶対に無理だって」
 矢部と古淵が言い合いになった。


「もういいよ」
 と、橋本が言った。


「覚悟はしていたんだ。いつかはこうなると思ってた。毎日を怯えながら過ごし、睡眠薬なしでは眠れない夜を送って来た。今まで苦しかったし、皆に隠している事も辛かった」
 と、橋本が続けた。


「もう覚悟はできているのか」
 と、矢部が尋ねた。


「ああ。だけど、俺の所為で折角のスキーを台無しにして本当にごめん」
 橋本は頭を下げた。


「気にするなよ。またいつか来ればいいよ」
 と、町田が言った。


「ありがとう」
 と、橋本は涙ながらに答えた。


「これからどうする」
 と、古淵が言った。


「今夜はもう止めよう。警察もこんな吹雪の夜に此処まで来ないだろう。明日の朝、警察に連絡しようよ」
 と、町田が言った。


「女性達にはなんて話す」
 と、古淵が尋ねた。


「困ったな」
 と、矢部が答えた。その時、ドアを叩く音がした。


「もしかしたら」
 と、言いながら町田がドアを開けた。


 ドアの向こうには由美が立っていた。彼女は泣いていた。


「ニュ-スを見たんだね」
 町田がそう尋ねると彼女は小さく頷いた。


「他の二人は」
「相原さんが・・」
 

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