彼の家は、ビバリーヒルズの奥の方にある集合住宅だった。その集合住宅は日本とスケールが違う高級さで、駐車場から玄関までも日本のリゾートホテルよりも立派だった。

 

 しかし想像していた彼の家とは違った。ぼくは彼が郊外の一軒家で家族と共に暮らし、そこでホームステイを受け入れていると思っていた。彼は陽気で温和な上に、良きアメリカの父親を連想させる風貌だったからだ。

 

 家に上がり、リビングに通された。部屋には美術品が幾つも飾ってあり、その奥に日本刀と鎧兜も置いてある。

 

 彼が留守電を確認するとホームステイをしている学生からメッセージが入っていた。

 

『今夜は遊びに行くので帰らない』

 

 彼はぼくに紹介したかったようで、そのメッセージを聞いて少しガッカリした様子だった。他に家族はいないようだった。

 

 それから缶ビールを飲みながらレストランでテイクアウトしたチキンを食べた。テレビではSFドラマの新シリーズが放送されている。日本ではまだ放映予定もない作品なので、彼は丁寧にシリーズの展開を説明してくれた。

 

 何となく『帰りたい』とは言い出し難かった。

 

 SFドラマが終わり、今度はやたらと銃撃戦の多い番組が始まった。彼はぼくに本物の拳銃を見たいかと尋ねた。肯定すると彼は立ち上がって拳銃を持って戻って来た。

 

 ぼくは拳銃を持たせて貰った。それは銀色の回転式拳銃で重さも大きさも手に持って苦にならなかった。子供の頃に遊んだモデルガンの方がもっと大きくずっと重かったような気がする。

 

 彼は以前強盗に入られたことがあり、それから枕元に常備していると話した。彼に強盗に入られてどうなったのか訊ねたが、その先は話してくれなかった。話したくない何かがあったのは想像がついた。

 

 

『お風呂でアルコールを抜こう』

 

 彼から誘われ、野外にあるジャグジーに入ることになった。

 

 ぼくは彼から短パンを借りて着替え、彼の後ろを歩いた。ジャグジーは共用の設備で、棟と棟を結ぶ公園のようなスペースに点在している。まるで日本の温泉にいるような雰囲気だ。しかしお風呂ではないので、流石に裸では入らない。

 

 ぼくたちが入ろうとしたジャグジーには、黒の水着を付けた女性が先に入っていた。その女性は彼と顔見知りのようだ。明るく声をかけ合って、その女性はジャグジーから上がって行った。

 

 ぼくはこんな生活もあるのかと考えさせられた。

 

『泊まって行かないか?』

 

 泡に浸かりながら彼から誘われた。

 

『明日は朝からツアーに参加するから、タクシーでホテルに戻るよ』

 

 そう答えると、朝食を食べてからホテルに送ると彼が続けた。

 

 断る理由はなかった。もう夜も遅かったし、ホテルより居心地が遥かに良かった。ぼくは少し考えた上で同意した。

 

 彼の部屋に戻り、再びビールを飲み始めた。テレビの画面にはバスケットの試合が流れていたが、アルコールが回ってゲームの行方が段々と分からなくなっていった。

 

 そして気づけば、ぼくは彼とお互いに裸でベッドの上にいた。ぼんやりした記憶の中で、彼とのキスがビールのように苦い味がしたのは覚えている。

 

――◇

 

 翌朝、彼は軽食を作ってくれて、何事もなかったように二人で食べた。昨日よりお互いに口数は少なかったが、彼の友好的で紳士的な態度に変わりはない。

 彼は約束通り、仕事の前にぼくを車でホテルに送ってくれた。

 

「ホテルに戻らず、滞在中は自分の家に居ればいい」

 

 運転しながら彼が何度も勧めてくる。ぼくはその度に断った。

 

「キミのことがとても心配なんだ。自分はゲイではなく、バイセクシャルだ。私はキミを好きになった」

 

 と告白してくれた。

 

「ぼくは大丈夫。あなたのことは嫌いじゃない。一緒に過ごせて楽しかったし、付き合ってくれて感謝している。だけど、ぼくは彼女のことをまだ愛している」

 

 と彼に答えた。

 

 ホテルの前に車が停まる。ぼくが感謝を伝えて車から降りようとすると、彼がぼくの手を握ってきた。

 

「また会いたい」

 

「機会があれば」

 

 そう答えて彼と別れた。

 

 

 部屋に戻ったぼくはシャワーを浴び、バスタブにお湯を溜めてしばらく漬かっていた。じっとしていると色々なことが頭に思い浮かぶ。

 

(どうしてこんなことになったのだろう?)

 

 昨日だけで幾つもの出会いがあった。

 

◇――

 

 冷蔵庫のような振動音が続いている。ひんやりした空気が流れていて、まるで冷蔵庫の中にでもいるような気になった。ぼくは、ロサンゼルスに向かう飛行機の主翼近くの座席にいた。

 

 空気枕をした隣の席の女性が、幸せそうに熟睡している。何かのツアーに参加している話し好きな女子大生だった。

 

(そろそろ到着か……)

 

 日本時間では真夜中だが、ぼくは全然寝つけなかった。読書をして時間を潰そうとしたが、考えても仕方がないことが次々に頭に浮かぶ。僅かな灯りの中で読んでいた文庫本を、膝の上に放り出す。天井に向かって大きく伸びをした。

  

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