第2章 僕が過ごした彼女との時間

第10話改 僕のために与えられたモノ(1)


 大広間の奥から優雅に現れた雪姫は、スキー場での彼女とは別人のように、王女としての凛とした威厳を纏っていた。その彼女が、僕の目の前で立ち止まり、ふと表情を緩めた。

 

「アキラ、2年前にした私たちの約束、覚えてる?」

 

「うん、思い出したから今はわかる。だけど、ごめん。一緒に滑ろうと約束したことだけじゃなく、僕はキミのことを忘れていた」

 

 彼女はまるで大事な秘密を打ち明けるかのように、僕の耳元でささやいた。その言葉の深さと重みを感じながら、僕も静かに答えた。

 

「仕方がないよ。アキラが忘れてしまうように、お母様がアキラの記憶を封印したのだし――。あれから、私は一人で滑っていたんだよ。風を切って滑るのって、アキラが言った通り、気持ち良かった」

 

 彼女は僕の正面に回って明るく応え、その碧眼がきらりと光りながら、眩しい笑顔を見せてくれた。

 

 大広間の奥では、僕と雪姫の会話を静かに見守り、囁き合っている二人の姿があった。銀髪に青い瞳のシスター姿の女性は、深い青のローブに身を包み、その表情は真剣さと温かみを併せ持っていた。一方、隣には白い礼服を身に纏った男性が立っていた。彼は黒髪に深い緑の瞳で、落ち着いた表情で僕たちの様子を観察していた。

 

「この方が、催しに招いた現世の人間なのですか?」

 

「ええ、そうです。雪姫が探してくれました。彼は細い板でできたスキーという道具を使い、高く飛び上がり、回転しながら舞うことができるそうです」

 

 女王が、シスター姿の女性に落ち着いた声で答えた。

 

「現世の人間の姿は、私たちと変わりがないのですね。少し驚きました」

 

 その女性は怪訝な表情を緩め、隣にいる男性に目を配った。

 

「やはり、雪の国は現世の人間とのつながりが深いのですね。この短期間で立派な会場を準備し、空を飛べる人間を連れてくるとは……。しかし……羽ではなく、板を使って回転しながら空を飛ぶのですか? 面白いことをしますね。とても興味深い。この後の催しが楽しみです」

 

 白い礼服姿の男性が、謎めいた微笑みを浮かべた。

 

「私はどれだけ遠くまで飛べるか競うと聞いていましたが、回転までするのですね。ただ、機械の力を借りず、人間が空を飛ぶのはとても危険だと聞いています。私の提案からお招きした現世の方が、この後の催しで、怪我をされては大変です。何かあれば、現世に帰れなくなってしまいます。どうかこの方に、雪の国で最高のご加護をお与え願います」

 

 シスター姿の女性は、真剣な眼差しで深刻な態度を見せた。

 

「我が国が攻めきれなかった雪の国です。人間一人に加護を与えても、国の守護に影響などありますまい」

 

 礼服姿の男性が、不敵な笑みを浮かべている。

 

「はい。その程度であれば、問題ありません」

 

 女王は彼に断固とした態度で答え、その後、その瞳を僕の方に向けて近づいてきた。

 

「アキラさん、まだ全ての事情を知らないと思いますが、これから行われる催しで、あなたにスキーのジャンプをしていただきたいのです。明日の朝にはお帰りになれるようにしますので、どうかお願いできませんか?」

 

 そう言いながら、女王は僕に頭を下げた。

 

「はい、雪姫から頼まれています。僕のできることであれば、喜んで協力します。ただ、僕のジャンプは飛んだ距離を競うものではありませんが……」

 

「ありがとうございます。こちらの認識に誤りがありました。ジャンプに幾つかの種類があることを雪姫から聞いています。今回はあなたの飛ばれるジャンプで問題ありません。ただ、この世界であなたの身に何かあれば、あなたが帰る際に影響します。このため、この国を守護する力を使い、あなたの身の安全を保障します」

 

 その後、巫女のように見える女性から、透明な液体の入った、繊細な模様が施された盃を受け取った。それを飲むように促され、僕は盃に口を付けた。

 盃の中身は冷たくて美味しい水のようだったが、エナジードリンクを飲んだ後のように頭が冴え、身体の中から力がみなぎる感じがする。

 

(2年前に飲んだあの水と似ている……でも、これは以前よりも効き目が強い気がする……)

 

 僕が盃の中身を一気に飲み干すと、女王が優雅に歩み寄り、目の前に立った。

 

「では、アキラさん、あなたを守護する特別な加護を授けます」

 

 女王は、僕の頭上にその白く細やかな手をゆっくりとかざした。すると掌から煌めく光が放たれ、僕の身体全体を強烈な輝きで覆い尽くした。眩しい光ではあったが、それは身体を包み込む柔らかな白い光で、温かく、心を落ち着かせる。やがて、その光は僕の身体に吸収され、身体自体が淡い輝きをまとった。

 

 女王は、僕の身体の変化を静かに確認し、その手を慎重にゆっくりと下ろした。

 

「これであなたの身には、どんな困難にも立ち向かえる強い加護が宿りました」

 

「アキラ、これであなたはこの世界で、まさに無敵の存在となったのよ」

 

 女王の言葉に続き、隣にいた雪姫が優雅に微笑みながら、僕の耳元で軽く言葉を交わし、その瞳で楽しそうに笑った。

 

――

 

 僕が加護を与えられた後、大広間は給仕たちが料理や飲み物を運び込み、立食パーティーの雰囲気に変わった。どうやら東の大国の代表を歓迎する晩餐会を行うようだ。

 

 晩餐会の準備が進む間、そらは僕に主要な人々を教えてくれた。女王の隣にいた男性は王配で、白い着物の女性は女王の妹だそうだ。そして右端の剣を持った白い着物の男性は、女王の補佐官であり、雪の国の行政の任されているということだ。

 東の大国側では、シスター姿の女性が先触れのミラ使者で、白い礼服姿の男性がミル代表ということだ。

 

 常世の人たちはあまり食事をしないが、儀礼的なことは盛大に行うらしい。女王と東の大国の代表がスピーチをした後、各々がグラスを手にとって乾杯をした。

 

 

  つづく

 

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