私はセオリさんと連絡を取り合い、冬の初めに関越自動車道の沼田ICからアクセスするスノーパーク尾瀬戸倉で合流することにしました。
先にスキー場に到着した私は一人で何本か滑り、駐車場に到着したという連絡を受けて待ち合わせの場所に向かいました。
「おはよう」
セオリさんが手を振りながら声を掛けてくれました。
「おはようございます」
「朝一から滑るとは気合が入っているね」
「そんなことはないですよ。セキナさんとコノハさんもおはようございます」
「久しぶりだね。おはよう」
とセキナさんは笑顔で応えてくれました。
「はじめまして…じゃないんですよね」
とコノハさんの方は私のことを余り覚えていないようです。
私たちはリフトに乗って、ゲレンデをスキーとスノーボードで滑りました。コノハさんのスキーレベルは私より高い筈ですが、身体が思うように動かず、ぎこちない滑りをしていました。
コノハさんとは四人で昼食を取りながら少し会話をしましたが、河口湖やカムイみさかで会った時とは雰囲気が違っていました。
昼食後、私はセオリさんと一緒のリフトに乗りました。
「ねえ、どう思った?コノハのこと」
「何か以前とは様子が違いますね」
「でしょ。何とかしてあげないとね」
「ええ。早く元に戻してあげたいです」
その日は川場のホテルに宿泊するため尾瀬戸倉から車で移動しました。川場に着く頃には夕暮れになっていて、山に沈んでゆく夕日をコノハさんは寂しそうに見ていました。
ホテルはツインルームを2部屋予約してあり、私はシングル利用で、コノハさんたちはエクストラベットを使った3名での利用です。それぞれチェックインを済ませて部屋に入りました。私はスキーウェアから着替え、大浴場の温泉を堪能した後で夕食会場に向かいました。
夕食会場では2部屋のテーブルを一緒にして貰っています。私が先に席で待っていると浴衣姿のコノハさんとセキナさん、ラフな格好のセオリさんが現れました。
コノハさんは戸惑っている感じがして昼食の時よりも無口で、訊かれたことに答える程度で自分からは喋りませんでした。
「ねえ、コノハさん。道澄っていう修験者を知っている?」
私は夢の記憶から質問をしてみました。
「道澄さん? ええ、知ってます。夢の中でお会いしたけど、とても優しくて、強くて、とてもステキな方です」
コノハさんは嬉しそうに答えました。
それから私は覚えている夢の内容から三増合戦後のことをコノハさんと話しました。コノハさんは朧気だった記憶を少し思い出したようで、明るく私に応えてくれるようになりました。
そんなコノハさんが明るく話している様子を、セオリさんとセキナさんはお酒を飲みながら嬉しそうに見ていました。
夕食が終わって部屋に戻り、私はコノハさんが話したことを思い返しました。そしてコノハさんの人格が戦国時代のアキという女性になっていると思いました。
『今夜はコノハさんが取り残されている時代の夢の続きを見よう』
私がそう思っていると部屋のドアが叩かれました。
ドアを開けると瓶ビールを抱えたセオリさんが立っていました。湯上りと思えるセオリさんからはとても良い匂いがします。
「ねえ、せっかくだから飲み直そうよ!」
「いいですけど、コノハさんとセキナさんは?」
「ああ、二人は疲れたみたいで、もう寝ちゃった。でも、まだ早いよね」
私はセオリさんを部屋に入れ、コノハさんのことなどを話しながら一緒に地ビールを飲みました。
「キミ、イイヤツだよね! こんな話に真剣に付き合ってくれて」
「今更何を言っているんですか。解決するまで付き合いますよ」
「ありがとう」
そう言ってセオリさんは私のグラスにビールをガンガン注ぎます。
セオリさんは大分出来上がっているようでした。それにセオリさんは酒癖が良くないようで、私も絡まれつつセオリさんのペースで飲み過ぎていました。
いつしか私は夢を見ていました。気付くとそこはどこかの城内のようでした。
白い武者姿の人物が私に近付いて来ます。その顔をよく見るとセオリさんに似ています。
「道澄、ここにいたのか。急に姿が見えなくなったから心配したぞ」
そのセオリさんによく似た人物は私に声を掛けて来ました。私は道澄としての夢を見ているようでしたが、コノハさんがいた夢の続きではないようです。私は道澄の記憶を辿りました。
時は永禄3年で、三増峠の戦いがあった永禄12年よりも前でした。二度目の上洛を果たした長尾景虎に誘われて道澄は越後に入り、北条討伐のため関東出兵に向かおうとしているようでした。歴史上では、この関東出兵で長尾景虎は山内上杉家の家督と関東管領職を相続します。
「道澄、お前が来てくれて良かった。これから向かう北条討伐など、私は望んでいないのだ。本当はお前と一緒に和歌を詠んで楽しく過ごしていたい。これからお前には私の傍にずっといて欲しい」
長尾景虎はそう言って笑顔を見せ、腕を回して私を抱き締めます。
セオリさんと同じ匂いがすると思った瞬間、長尾景虎と私の唇が重なりました。
『えっ…!!』
私は予想外のことで頭が真っ白になり、意識が遠退きました。
気付くと、私の隣に酔い潰れたセオリさんが、ニヤニヤして寝ていました。
『ない・ない・ない。何をやっているんだ。これからコノハさんを助けに行くんだ』
私は揺すっても起きないセオリさんを隣の部屋に連れて行きました。