病院でお腹の水を抜いてから何日かが過ぎた。ぼくはガリガリになってしまったけれど、薬が効いたのか食欲は少し出るようになった。
ハナを含めて家族が出掛ける日になった。ぼくを病院に預ける話もあったけれど、ぼくの調子が多少は良くなったので家で留守番をすることになった。
お母さんはぼくを抱いて穴が開いて今にも抜け落ちそうな物置の階段をゆっくりと上った。そして離れのドアが開けられた。
ぼくの部屋はきちんとしていてご飯やトイレの支度がしてあった。そしてぼくがお気に入りの場所に行けるようにタンスの前に踏み台が置いてあった。
「じゃあ行ってくるね。いい子で留守番していてね」
「行ってらっしゃい。お母さん、早く帰って来てね」
お母さんがドアを閉めた。
この部屋で過ごすのは久し振りだ。ぼくは直ぐに踏み台を使ってタンスに上がり、敷いてある座布団に座った。そこで後ろを向いて外を見た。
ぼくはこうして離れの窓から外を眺めるのが好きだ。向こうには金網を隔てて以前はお母さんが働いていた大きな倉庫がある。
働いていた頃のお母さんは時々倉庫からぼくに手を振ってくれた。だからぼくはいつもお母さんの姿を探していた。
倉庫の会社が違う会社になりお母さんは働かなくなってしまったけれど、それからもぼくは倉庫の方を向いて出入りするトラックや働いている人を見ていた。
ぼくが母屋に移ってからそんなに日は経っていないけれど、ぼくは何か懐かしい気さえした。そして安心して眠くなった。
気が付くと、ぼくは締め切られた狭い部屋に入れられていた。見回すと部屋の中には沢山の仲間がいた。みんな怯えて震えている。
「これから地獄が始まるのさ。さぁ、覚悟をおし!」
どこからか声がしてみんなは騒ぎ始めた。
「家に帰りたいよ。ここから出してよ」
「お願いだから私を捨てないで」
「殺される。殺される。殺される」
部屋の隅から白い煙が出て来た。その煙は直ぐに部屋に充満した。苦しい。息ができない。他の仲間が倒れて行く。
「助けて!」
ぼくは自分の部屋に居た。怖い夢だった。そしてすっかり暗くなっていた。
それはコロおじさんから聞かされていた保健所のガス室の夢だった。要らなくなった仲間が殺されるところだと聞いていた。
ぼくは水を飲みにタンスから下りた。
「ハナ!聞こえる。ぼく、凄く怖い夢を見ちゃった」
何も返事がなかった。ぼくはハナまで出掛けたことを忘れていた。ハナには一人の方が気楽だと強がったけれどやっぱり心細かった。
水を飲み、少しご飯を食べてから再びタンスに上がった。もう夜になっていたけれど倉庫では遅くまで多くの人が働いていた。空には星が見える。
保健所に捨てられて殺される怖い夢だったけれど、コロおじさんは亡くなる少し前にこの家でも昔あった本当のことだと言っていた。
「そんなことはウソだよ。この家でそんなことがある訳ないよ」
ぼくはコロおじさんが脅かしているだけだと思った。
「私も信じられなかったよ、お母さんが家族をそんな目に遭わせるなんてね」
「お母さんが?本当のことなの?」
「ああ。私たちは家族と言ってもお父さんやお母さんとは違うんだよ」
「そんな。じゃあ、ぼくもいつか捨てられて殺されちゃうの?」
「それは分からない。ただ、あんな悲しいことは二度と起こって欲しくない」
「コロおじさん、ぼくが知らないこの家のことをもっと教えてよ」
「そうだね。キミには話すべきかも知れないね。じゃあ私も知らなかった私が聞いたこの家のことから話をしよう」
コロおじさんは腰を下ろしぼくに語り出した。