昔のことを思い出しながらぼくは母屋の縁側から外を眺めていた。良い天気だったけれど冷たそうな風が吹いていた。
ぼくが来てからクロさん、チョコ姉さん、そして建て直しのために古い小さな母屋が壊された後にコロおじさんが亡くなった。
コロおじさんは古い家が壊されると急に元気がなくなってしまった。目も悪くなって余り見えないようだった。
「コロおじさん、元気になって新しい家に一緒に住もうよ」
「ありがとう、ひゅうま。でも私は新しい家には住めそうにないよ。もう疲れてしまったんだ」
「そんなこと言わないでよ。お母さんに病院に連れて行って貰えば良くなるよ」
「病院では治せないよ。それに、あの古い家と一緒に私の心も壊れてしまった気がするよ」
「心が壊れてしまったの?」
「ああ。小さな家だったけど、あの家には私の大事な思い出が沢山詰まっていた」
コロおじさんは横たわりながらぼくに昔話を聞かせてくれた。そして数日後に亡くなった。
なんだか暗いことばかりを思い出してしまう。でも、この新しい母屋ができてハナがやって来たんだっけ。
ハナが来る少し前からお父さんがコロおじさんの小屋を直したり色を塗り替えていたので、その内に新しい家族が増えるなって気はしていた。
来るのは生まれて間もない小さい子だと思っていたけれど、前の家族に連れられて来たのは大人になる手前の毛が短くて耳がツンとした女の子だった。
ハナは前の家族の中でもお姉さんによく懐いているようだった。だけど調子良く新しいお父さんとお母さんにも懐いて見せた。お古の小屋も嫌がらなかった。
少ししてハナを残して前の家族が帰って行った。ハナは明るく振舞っていたけれど、夜になって前の家族が恋しくて泣き出した。
「いつまで泣いているの?」
ぼくは自分の部屋から外に出て話し掛けた。
「そんなの分からないわよ。だって寂しいんだもの。もうお姉さんに会えないのかなぁ」
「泣き虫だなぁ。ぼくはこの家に来た時に全然泣かなかったよ」
「寂しくなかったの?」
「ぼくの場合は小さかったからよく覚えていないんだ」
「それなら私の気持ちなんて分からないわよ」
そう言ってハナは泣き続けた。そしてお母さんがハナの声に気が付いて母屋から外に出て来た。
「ハナ、寂しいの?大丈夫よ」
お母さんはハナを抱き上げて頭を撫でた。するとハナは泣き止んだ。
それからハナはお母さんに甘えるようになった。ハナは出掛けていたお母さんが帰って来ると体中を使って大袈裟に大喜びをする。
ぼくにはとても真似ができなかった。ぼくはお母さんを取られた気がした。
ハナは夜になるとメソメソする癖に昼間は明るくて調子が良い。ぼくに対しても馴れ馴れしく顔を押し付けて来る。
それに放し飼いになっていた近くの男が遊びに来ても愛想を振っていた。
「知らない男とは仲良くしない方がいいよ」
「どうしていけないの?ひゅうまには分からないでしょうけど恋って素敵よ。あっ、ごめんなさい」
どうせぼくは去勢済みで恋愛など知らない。ぼくはそんなハナを好きになれなかった。でも、他の家族はハナがまだ子供だと思っていた。
そしてハナは不妊手術を受ける前に身篭ってしまった。しばらくしてハナは母親になった。