1601年1月
たまが教会で働くようになって一年が経った。たまも順応して、私たちの力となっていた。しかし、ある日突然、教会本部からの書類が届いた。
「ミゲル様、これが先程届いた書類です」
弟子から手渡された書類を開くと、長崎への異動命令が書かれていた。
「長崎へ異動か……。長崎はこの国で最もキリスト教が広まっている場所だ。そこでの使命は重い。だから、これが教会本部からの評価と信任なのも事実だ」
「おめでとうございます。しかし、たまさんはどうなりますか? 最近、信者の間で、たまさんについての不満がちらほら聞かれます。我々の代わりに殉教された恩ある方のご息女とはいえ、教会は信者のための場所と言う意見も増えています」
「わかっている。信者ではない者をいつまでも教会で働かせていることに、不満を持つ者がいるのだろう。だから、たまは長崎に連れて行こうと思っている。それしかない」
私はたまの同行を認めて貰えるようにイエズス会の教会本部に返信をした。
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1601年2月
たまの同行伺いに対する回答が教会本部から届いた。たまの同行は許されず、私に対して直ぐに京を立って、長崎に着任するようにと指示が書かれていた。
私はたまの扱いに対し、信頼できる者と相談した。そして自分がどうしたいのか、一人でよく考えた。その結果を踏まえ、たまと二人で話をすることになった。
「たま、私は長崎の教会に異動することになっている」
「知っています。お弟子さんから聞いていました」
「キミはこの後はどうしたい?」
「ミゲル様が連れて行ってくれるのであれば、私は喜んでお供をします。でも、許可が下りなかったのですよね……」
「そうだ。申し訳ない……」
「謝らないでください。信者でもない私を教会で働かせてくれて、ミゲル様には感謝しているんです」
「たま、キミの父上への恩を教会は永遠に忘れないだろう。洗礼を受ければ、教会はキミを保護してくれる。ただ、そうでないと、これ以上はこの教会にはいられない。必ずしも修道女になる必要はないんだ。これから先に良い縁があれば、その縁を頼りに教会を出ればいい。考えてくれないか?」
私がそう訊ねると、たまはしばらく考えていた。
「ミゲル様、私は洗礼を受けません。神様は信じています。でも、やっぱり、あんな目に遭った父のことを思うと……。私はここを出て行きます」
「しかし、頼れる伝手はないのだろう?」
そう言って私はたまの顔を見た。
「大丈夫ですよ。一年前までの生活は決して楽じゃなかった。でも、それでも何とかやってこれた。だから、これからも何とかやっていくしかないと思っています。これでも、私を贔屓にしてくれたお方だって、いたんですよ……」
彼女は涙を堪えている。
「そんなのダメだ! たまにはちゃんと幸せになって欲しい」
「私の幸せなんて、とうに逃げて行ってしまいましたよ。生きてさえいられれば、私はそれで十分です」
「たま、それなら……、それなら私がキミを幸せにする」
「えっ!」
たまは突然のことに驚きの表情を浮かべた。
「私にはイエズス会以外に、武家としての伝手がある。だから、他にも方法がある」
「何を?」
「私は長い時間をかけて考えた。教会での使命と、たまとの未来。どちらも私にとって大切なものだ。しかし、結局のところ、一番大切なのはキミとの未来だ。たまが洗礼を受けないのであれば、私の方が長崎で司祭になる道を捨て、武士に戻り、キミと一緒に故郷に帰る。それが私の選択だ」
たまの目が驚きで広がった。
「でも、ミゲル様がそんなことをしたら……」
「いいんだ。たま、私はお前と一緒にいたい。それが一番大事なことだ。私には海外で得た知識がある。だから仕官の先は見つかると思う。決して楽な生活にはならないと思うが、私と一緒に来てくれないか?」
私がそう訊ねると、たまは一瞬、言葉に詰まった。私を見詰める瞳にはまだ疑念と期待が交錯しているようだった。しかし、その瞳は次第に明るくなっていった。
「はい」
眩しいほどの笑顔がそこにあった。
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1601年3月
私は京での滞在中に書いていたこの日記を隠し場所にしまう。これからたまと一緒に、徒歩での故郷への新たなる旅となる。
「さあ、新しい人生が待っている。たま、一緒に行こう」
「はい、ミゲル様。いつまでもどこへでもお供します」
私たちは教会の扉を背にして、未来へと踏み出した。
第2章 過去編:千々石ミゲルの日記 完
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あとがき
皆様、「時を超えた日記:愛と探求の物語」の過去編をお読みいただき、ありがとうございます!🌸
この過去編に登場する「千々石ミゲル」と「たま」の物語は、天正遣欧少年使節の一員である千々石ミゲルとその妻のたまをベースにしていますが、彼の実際の人生や経緯とは異なる、完全なフィクションとして描かれています。特に「たま」の父が26聖人の一人であることや、たま自身の境遇などは、物語の中のオリジナルの設定です。また、千々石ミゲルがキリスト教を棄教した理由は明らかになっていません。
歴史的背景や実在の人物を元にした物語を描く際、私たちも非常に研究や検討を重ねました。しかし、最終的には一つの仮定、一つの「もしも」の物語として描いています。
読者の皆様には、この物語を楽しんでいただくとともに、実際の歴史や人物についても興味を持っていただけたら嬉しいです。
今後も「時を超えた日記:愛と探求の物語」の続きをお楽しみいただけるよう、努力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
ユキナ&つよ虫