第2章 僕が過ごした彼女との時間

第10話改 僕のために与えられたモノ(2)


 乾杯の後、そらは僕を集まった雪の国の人々に紹介してくれた。軽く飲食をしながら挨拶を交わす。この国の人たちはとても親しみやすい。その中には獣人姿の人もいた。狐耳の巫女の前に、そらが僕を案内してくれた。

 

「アキラ様、こちらがアイナ様です。草原の国の王族で、今は雪の国で女王を支える巫女をされておられます」

 

 そらが小さく跳ねながら紹介した。

 

「初めまして、アイナ様」

 

「初めまして」

 

 彼女は軽く一礼すると、言葉を交わす間もなく移動してしまった。会場を見渡すと、同じような獣人が東の大国側にもいることに気づいた。

 

 狐耳をしたアイナ王女と狐の神使は、どうやら獣人同士で話を交わしたかったようで、東の大国の獣人たちと親しく話していた。特にアイナ王女はどこか嬉しそうで、東の大国の狐耳の青年に笑顔を向けている。

 

(あの二人、それにしても似ているな)

 

「アキラ様、どうかされましたか?」

 

「いや、向こうで話している二人って、お互い違う国なのに、よく似ていると思って……」

 

 そらが優しく説明してくれた。

 

「実は、お二人は兄妹なのです。草原の国が滅んだ後、王太子であったアイヴァーン様は留まりました。そして草原の国は東の大国に併合され、アイヴァーン様はミル代表の腹心となられたようです。一方、アイナ様は一部の民と共に、雪の国に避難してきました。どうやら、東の大国の支配を嫌う人々も多かったようです」

 

「それで似ているのか……。複雑なんだろうけど、こうして二国が友好関係になったから、兄妹が再会できたんだね」

 

「はい、とても良かったです。今ではアイナ様は女王の信頼が厚い巫女ですし、アイヴァーン様もミル代表の信頼を得ているようなので、これからお二人の活躍が楽しみなのです」

 

 その獣人たちの集まりに、白い着物の女王の補佐官が後から加わった。そして僕の方に目を向けてから、真剣な顔つきで話しだした。

 

(あれ? 何か僕のことを話しているのかな? 補佐官の目つきはなんとなく冷たかったけど、自分のせいかな……)

 

 晩餐会が始まってしばらく経つと、接待で忙しくしていた雪姫が、僕の近くにやってきた。どうやら東の大国の人たちに、僕を紹介したいらしいのだ。

 

 僕は雪姫に伴われ、ミル代表がいる場所に移動した。ただ僕が挨拶をする前に、獣人たちが軽く会釈をしながらも、僕から距離を取ったのが気になった。

 

(この人たちは、明らかに僕を避けているな……人間が嫌いなのかな?)

 

 雪姫が僕をミル代表に紹介しようとすると、ミラ使者が割り込んできた。そして僕を無視して、二人は雪姫の対応にクレームを入れはじめた。人間である僕のみならず、王女である雪姫に対してまでも傲慢な態度だ。

 

「こちらに伺う前、雪の国は、人間と良好な関係を築いていると聞いていました。それにしては、随分と人間を連れてくるのに、時間がかかりましたね。ミル代表と私は、か弱い人間が必死に飛ぶ姿を楽しみにしているのです。せっかく作った高い台の上から、雪の国の者が無様に落ちる姿を、危うく見せられるところでした」

 

「申し訳ありません。何しろこのようなことは、初めてだったので。それに参加者を、そちらからも推薦いただき、ありがとうございます」

 

「ええ、あの者は、自分から出場したいと申し出たのです。まぁ、人間の到着が間に合ったのですから、良しとしましょう」

 

(来賓とはいえ、なんで雪姫に、上から物を言うんだ? 東の大国と雪の国って、対等ではないのか……)

 

 どうやら、ミラ使者の言葉から、催しの準備をしていたのは雪姫のようだった。彼女が謝ると、ミラ使者は満足そうな顔をした。

 

 ここが異なる次元の世界だと理解している。それに僕たち現世の人間にとって、この世界の人たちは、とりわけ敬意を払うべき対象だと意識している。彼らが妖怪や物の怪とは異なり、人間にとっては神に近い存在なのだろう。しかし、そうであっても、ミル代表とミラ使者の二人には、良い印象を持てなかった。

 

 ミラ使者は冷たい笑顔を浮かべながら近づいてきた。

 

「あなたが現世の人間ですか?」

 

「はい。アキラと言います。よろしくお願いいたします」

 

「そうなのですね……。まぁ、期待していますよ。加護を授かったのですから、恐れずに挑んでください」

 

 ミラ使者がそう言うと、ミル代表も近寄ってきた。

 

「そうそう、加護に護られているのだからね。落ちることなど気にせず、人間がどれだけ飛べるのか見せてほしい。まぁ、現世の生きた人間のキミが、落ちる先を間違え、地獄にでも落ちたら、それこそ大変かもしれないが……」

 

 ミル代表の言葉に合わせ、周囲の人たちが笑い出した。

 

(どうしてこんなにも嫌味なんだ……。地獄に落ちるなんて考えられない。加護があるからって、それがどうしたって感じだ)

 

 加護があるからといって、失敗のイメージが頭に浮かぶのは嫌だった。その時、アイヴァーンが僕の方へと近づいてきた。彼は僕の耳元でささやいた。

 

「頑張って飛ぶといい。ただ、忘れるな。お前たち人間の行動が、この世界にも影響を及ぼしている。雪の国に招待され、加護に護られているからと浮かれるな」

 

 アイヴァーンは冷たい眼差しで僕を見つめて、その場を去っていった。彼の言葉はとても重かった。

 

「アキラ、気にしなくていいからね」

 

 雪姫が優しく声をかけてくれた。

 

 僕は必ずしも自分は歓迎されていないと理解しつつ、無理な要求を呑まされた雪姫のことも考えて、ジャンプでの成功で彼らを見返したいと強く思った。

 

 

  第2章 僕が過ごした彼女との時間 完

 

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