第3章 僕が見続けたかった彼女の夢

第11話改 僕が目にした巨大なモノ(2)


 僕の前回の訪問後、雪姫は人間が行うスキーやスノーボードに興味を持った。そして、お忍びで、現世の様子を見に行くようになったらしい。そこで彼女はスノーボードをやり始め、オリンピックやワールドカップといった、祭典のことを知ったというのだ。その祭典のことをミラ使者に話したら、このような競技場まで作ってしまうほどに発展してしまったようだ。雪の国では、建物の形や大まかな構造が解れば、それを容易に再現できるらしい。

 

(これは、ノルディックスキーのラージヒルより大きいな……。自分が飛ぶと思うと、ぞっとする)

 

 巨大なジャンプ台の上に、ナイターの灯りに照らされた、黒くて大きな姿があった。それはスノーボードを履いた熊だった。その熊が、スタートのタイミングを見計らっている。

 

「えっ! 熊? 熊が飛ぶの?」

 

 僕は思わず声を出した。

 

「はい。普段は要石の警備を担当している、熊の雪五郎なのです。ただ、彼はひたすらジャンプの練習を続けているのですが、なかなか難しいようです……」

 

(熊がジャンプ台で飛ぶなんて、本当にこの世界は何でもありだな……。あの熊は、以前雪の国に来たときに、僕に威嚇をした熊かな?)

 

 そらの答えとほぼ同時に、雪五郎がスタートを切った。

 

 彼は、急斜面を真っ直ぐ滑るのが、難しいようだった。助走の途中でブレーキをかけてスピードを殺し、ターンを数回繰り返す。このため踏切台まで来たときには、減速し過ぎて止まる寸前だ。そして最後はそのまま落ちる。それはジャンプではなく、ただ飛び降りただけだった。着地でもバランスを崩し、巨体がランディングバーンをゴロゴロと転がっている。でも、熊の雪五郎がこんなに努力してるのを見て、ちょっと心が熱くなる。

 

(これがミラ使者の言っていたことか……。そういえば、あの熊って、前に来たときに、鳥居の前で見かけたな)

 

「頑張っているけれど、まだまだね。雪五郎の運動能力は、誰にも負けないのに……。時間さえあれば、アキラに教えてほしいけど、もう時間がないのよね」

 

「本当です。これでは雪の国の面目が保てません。雪姫様、次が例のウルバンという者なのです」

 

 雪姫の言葉に悔しそうな顔のそらが続いた。

 

 ジャンプ台のスタート位置では、人狼のウルバンが、コースが空くのを待っている。雪五郎の方は何とか立ち上がり、頭を下げたまま、ゆっくり競技エリアの外に出た。それを見届けて、中間地点にいるスターターが旗を上げる。

 スノーボードを履いたウルバンがスタートした。直滑降で急斜面を滑り下り、スピードに乗って、ストレートに踏み切った。綺麗な高さのある放物線を描いて着地する。

 

「彼は凄いね。スノーボードで急斜面を直進するのは難しいのに、完全に乗れている。この国の人?」

 

「いいえ。残念ながら、ミラ使者から推薦のあった、東の大国の随行者です。こちらの練習を見ていて、自分もやると言い出したのです。そして悔しいことに、直ぐ飛べるようになってしまいました」

 

 そらは呆れているようだった。

 

「この急斜面だと、スノーボードで直滑降をしてジャンプするなんて、簡単にはできないよ」

 

「ワタシも、そう思っていたのです。雪の国でも、雪姫様が辛うじて、飛べるようになっただけですから。あのウルバンは元・草原の民なのですが、いつも虫の上に乗っているので、要領が同じらしいのです」

 

「虫の上?」

 

 僕には『虫の上』が、何を指しているのか理解できなかった。ただ、ここでは僕の常識が通じないのだろうと思った。

 

「アキラ様には、昨日のようにクルクルと飛んでいただき、東の大国の者たちを見返してやりたいのです。我々の名誉を、どうか守ってください!」

 

「アキラなら、もっと素晴らしいジャンプができるよね!」

 

 そらに続いて雪姫が僕を煽る。

 

(これは、ジャンプ台が大きいから、怖いなんて言えないんだな……)

 

「アキラ様、道具はこちらにご用意しています。どうかお試しください」

 

 そらがそう言うと、従者らしき二人が、スキーとブーツを持って近づいてきた。僕が使っている物と同じに見える。

 

「このスキーとブーツはどうしたの?」

 

「はい。アキラ様がお使いになっていた物を、こちらで再現いたしました」

 

「そんなことができるんだ――。ねえ、加護があるから、失敗しても、痛くないんだよね?」

 

「いえ、そんなことはないと思います。加護は命を保障するもので、怪我を防ぐわけではないのです。だから、もし失敗しても、その一瞬は痛いと思います」

 

 そらが真面目な顔で予想外の答えをした。

 

「えっ、痛いのか……。そうだったんだ。加護があっても、痛い目に遭いたくなければ、失敗は許されないんだな」

 

「アキラなら早々失敗しないでしょ」

 

 雪姫は自信満々に笑った。僕は顔が引き攣っていると思う。

 

 

  つづく

 

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