第1章 僕が出会ったコスプレの彼女

第1話改 僕が一人で訪れたトコ(2)


 高校2年の夏休みのことを思い出しながら歩いているうちに、今回の目的地に着いた。ここは、スキー場の麓に佇む小さな旅館だ。以前は、家族で毎年のように来ていた。こうして一人で来るのは二度目になる。僕は旅館の門をくぐった。雪を被った古びた石灯籠が、いつものように僕を迎えてくれる。

 

 高校2年の冬休み、僕はこのスキー場に一人で来た。このスキー場は、隠れ家のような魅力を放っていて、京都の賑やかさとは対照的に、時間が止まったかのような静けさを感じる。都会の喧騒から解放される穏やかな場所で、幾つもの伝説や伝承がある。ここは僕のお気に入りの場所だった。

 

 前回は晴れ晴れとした気持ちでこの地を訪れたが、今回は少し気が重い。その理由は、心の奥底でずっと引っかかっていることだ。僕は旅館の開き戸を開けた。

 

「……いらっしゃいませ」 

 

 フロントでは、割烹着姿の女性が掃除をしていた。彼女が振り向いた。旅館の若女将だった。

 

「アキラ君だよね? 2年前に比べて背が高くなったね。久し振り」

 

「はい。今日から年末までお世話になります」

 

 僕はスキー道具を乾燥室に運んでから、宿泊の受付を済ませた。

 

――

 

 若女将には、高校2年の冬休みに一人で来たときにも、お世話になった。いつもとても親切で、温かく接してくれる。その良い印象があって同じ宿にしたのだが、直前の予約だったので、満室になるギリギリで部屋を確保できた。古びた木製の階段を上がり、僕は2階の部屋に案内された。

 

「まだチェックイン時間にはなっていないけど、部屋の用意ができているから、今から使ってもいいから――。ただ、以前と同じ部屋なんだけど、大丈夫?」

 

 若女将がドアを開けると、そこは2年前にも使った6畳の和室だった。この部屋での楽しくも悲しい思い出が蘇る。

 

「ありがとうございます。大丈夫です」

 

 僕はお礼を言って部屋に入った。

 

「そうそう、今年は暖冬だから、カメムシが冬になっても活動していて、たまに部屋に入ってきちゃうことがあるから、注意してね。見つけたら、テレビの横に冷凍殺虫スプレーがあるから使って」

 

「わかりました。刺激をすると、ゴキブリに匹敵するほど厄介ですからね」

 

「本当よ。部屋に出ると臭くて消臭も大変で。これも地球温暖化の影響なのかな。以前は冬には姿を見かけなかったんだけどね……。じゃあ、何かあったらフロントにいるから声をかけてね。ごゆっくり」

 

 若女将は笑顔でそう言うと静かにドアを閉めた。

 

 この旅館で一番安い、バスとトイレが共同の6畳の和室、ここがクリスマスから年末までの僕の山籠りの拠点になる。僕はキャスターバッグを開けて荷ほどきを始めた。同じ旅行でも僕はスキー旅行が好きだ。

 

 僕がスキーを始めたのは物心がつく前だった。スキーブーム世代の親に連れられ、僕は高校1年まで毎年家族と一緒に長い時間をゲレンデで過ごした。そんな経緯で始めたスキーだったが、決して嫌いではなかった。

 

◆――10年以上前

 

 僕が小さい頃、家族でここに初めて訪れた時のことだった。その日は積雪が豊富で、雪質も良く、まさにスキーを楽しむには最適だった。しかし、その状況は僕に過信と興奮をもたらした。家族との待ち合わせ時刻までは、まだ少し時間があった。このため勇気を出して、未踏のコースに挑戦することにした。

 

 僕が一人で初めてのコースを滑っていた時、途中で見慣れないスキーヤーたちが集まっているのを見かけた。彼らはカメラ付きのヘルメットを被り、ハイスピードで斜面を滑っていた。その姿はプロのスキーヤーようで、僕はすぐに彼らに魅了された。そのグループが行く先々で行っているトリックやジャンプに、僕は目を奪われてついつい彼らの後を追いかけてしまった。

 

 彼らはどんどんと難易度の高いコースへ進んでいき、僕は自分のスキルを過信してついて行ってしまった。後を追って未整備のコースへと進むと、それは狭くて木々が多い場所だった。僕は彼らの技術に圧倒されながらも、どうにかその場を切り抜けようと頑張った。

 

 しかし、彼らの速度にはついていけず、気が付けば彼らの姿は見えなくなり、僕は一人で深い森の中に取り残されてしまった。僕のGPS付きの携帯電話は圏外で利用できなかった。パニックになりながらも、元のコースに戻ろうと試みたが、方向感覚を完全に失っていた。

 

 

  つづく

 

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