第1章 僕が出会ったコスプレの彼女

第5話改 僕が彼女に見せたかったモノ(2)


 リフトからの眺めは絶景だった。雪に覆われた山々が広がり、その美しい白い世界に夢中になっていた。ゲレンデには、クリスマスを楽しむ家族やカップル、友人たちが滑っている姿がちらほら見えた。

 空は薄く曇っており、太陽が雲の裏からほんのりと光を放っていた。そんな中、隣に座る女性が、手にしているぬいぐるみに話しかけているような素振りをした。

 

「どうかした?」

 

「ううん、なんでもない。……この子の名前、そらっていうの。青空のそら」

 

 リフトに揺られながら、彼女は膝の上に乗せているぬいぐるみの頭を撫でた。

 

「へー、可愛い名前だね」

 

「そうでしょ。2年前に願いを聞いて、私がつけたんだ」

 

「心が通い合っているんだね」

 

 僕はぬいぐるみを擬人化している彼女に合わせようと思った。

 

 彼女は僕に見せるように、膝からぬいぐるみをゆっくりと持ち上げた。お尻には、パッチのような布が縫い付けられていた。ほつれを修復した跡だろうか。正面はといえば、とても愛嬌のある顔で、左耳と首に水色の宝石のような飾りを着けていた。僕がぬいぐるみの小さな目を見ると、その瞳の奥が小さく輝いた。

 

「……大切にしているんだね。見せてくれてありがとう」

 

「どういたしまして。この子は特別なの」

 

 彼女はぬいぐるみを膝の上に戻した。

 

「僕はアキラ、キミは?」

 

「えっ? あぁ、そうか……。私は雪姫……、よろしくね」

 

「こちらこそよろしく」

 

(彼女は一体どの作品のキャラクターなのだろう? アニメじゃないのかな?)

 

 僕は『雪姫』というキャラクターが登場する作品を考えたが、ピンとこなかった。彼女は僕が知らないキャラクターのコスプレをしているのかもしれない。ただ、スキー場の雪女の伝説と関係がありそうなのは、雰囲気からわかった。ジャンプで目立ったからか、幸運にも彼女が少し相手をしてくれてる。多分、それがこのコスプレの役柄の一環なんだろう。

 

 リフトを降りた彼女はコースの端に座り、ブーツにボードを装着する。そのときにウサギのぬいぐるみを、何気なくボードの先に座らせた。

 

「雪姫、そらをスノーボードに座らせているけど、それで落ちないの?」

 

「えっ? あっ、大丈夫だよ」

 

 彼女は立ち上がりながら笑って答えた。

 

(ぬいぐるみのお尻に磁石でも入ってるのかな? それとも何か特別な力が働いているのだろうか? まさかね)

 

――

 

 それから僕たちは一緒に滑ったが、彼女が鋭いターンをしても、ぬいぐるみがスノーボードから落ちることはなかった。

 

(ヒトリストもいいけど、二人もいいな!)

 

 彼女と一緒に滑ることができて、僕はとても嬉しかった。けれど、そんな時間は短く、僕たちは再びパークエリアまで下りてきた。

 

「ねえ、またジャンプを見せてくれる?」

 

「いいよ」

 

 僕たちは大きなキッカーのスタート位置に移動した。順番待ちが何人かいて、僕は最後尾に並んだ。前回のスキーシーズン、僕は自分のベストを更新できなかった。受験もあったし、本格的な練習をしていなかったから仕方がない。だけど、今シーズンはベストが出せるように、オフシーズンも練習をしてきた。

 

「じゃあ、下で見ているね!」

 

 彼女はジャンプの見学スポットまで滑っていった。その様子を目で追った。

 

(この一本でお別れかな?)

 

 どんなに楽しくても、いつまでも彼女と一緒に滑れはしない。多分、これが最後になる。でも、せめてこの最後に、彼女に最高の思い出を作ってあげたい。そんな気がして、僕は最高のジャンプを見せることを決意した。

 彼女はすでにキッカーの横に位置していた。左の腕でぬいぐるみを抱き、右の腕を僕に向かって振っている。

 

(決めた!)

 

 僕の順番になった。空は曇りで、風もなかった。雪はしっかり固まっている。

 

(イイ感じだ。ヨシッ!)

 

 ストックを上げて合図を送り、勢いよくスタートする。スピードに乗って進んでいくとキッカーが見えてきた。キッカーの横に彼女の姿がある。

 タイミングを合わせて踏み切り、空に向かって飛び上がった。上昇しながら空中で身体を縦に、横にと繰り返し捻る。

 空中でわずかに空気抵抗を感じる。僕は姿勢を整えた。あとは視線を着地点に向け、落下する一方だ。

 スキーが雪面を捉えた。そのまま流れるように滑りつづけ、ストックを突いてスキーを停める。そのストックを握った拳に力を入れ、高く振り上げた。

 

(ヨッシ! ダブルコーク1080をメイクできた――)

 

 久々に挑戦した高難度の技、ダブルコーク1080。これはフリースキーではトップレベルの難易度を持つ技だ。練習時の成功率が低かったが、体が思い通りに動き、完璧な着地ができた。近くの人たちは、歓声を上げて拍手してくれた。

 

「アキラ! スゴイ、スゴイよ!」

 

 歓声の中には彼女の声もあった。飛び終わると、彼女は息を弾ませて僕のところまで滑ってきた。

 

「どうだった?」

 

「最高だよ! それに驚いた。さっきよりクルクルするんだもの! あんな飛び方は鳥にだってできないよ。本当にスキーが翼になったみたいだった」

 

 興奮した様子の彼女が、僕を褒め称えてくれた。

 

(スキーの翼か……悪くない)

 

 朝からどんよりとした曇り空だが、雲の切れ間から青空が覗いている。ほんの一瞬、その空に向かって飛べたことが嬉しかった。一人でスキーをしたイブと違い、ひと時であってもクリスマスは二人で楽しく過ごせた。雪姫は笑顔で僕の隣に並んでいる。こんなに素晴らしい時間を過ごせて、今年のクリスマスはもうこれで十分だ。

 

 

  第1章 完

 

【目次】【前話】【次話】