第2章 僕が過ごした彼女との時間

第8話改 僕が迎えた不思議なトキ(2)


 吹雪の中、山小屋に避難して眠りについた。目を覚ますと、目の前には喋るウサギのぬいぐるみがいた。ここは本当に異世界、雪の国なのだろうか? 頭の中は混乱し、心臓の鼓動が急速に響き渡る。しかし、同時に不思議な安堵感も感じられた。

 

(これは、きっと夢なのだろう......。でも、この場所はどこかで見たことがあるような……)

 

「驚かせてすみません。ワタシは神使のそらです。アキラ様に2年前に山で助けられたウサギなのです。あの時、アキラ様の優しさと温かさを感じました。深く傷ついたワクシを、あなたは優しく抱いてくれました。今でもはっきりと覚えているのです」

 

 ウサギのぬいぐるみの目からは涙が流れている。だが、それを現実として受け入れるのは難しかった。

 

「キミが……あのウサギだって? あの時、もっとできることがあったのではないかと、後悔したこともあった。僕は、結局は助けることができなかった」

 

「後悔なんてしないでください! アキラ様の愛情と優しさは、ワタシにとって最大の救いでした。神社の前でのあなたの祈りも、ワタシの魂に届いていました。だからこそ、今、こうしてアキラ様の前に立てているのです。一度命を失いましたが、あなたがワタシを助けようとしたおかげで、こうして雪の国で新たな生を得ることができたのです」

 

 そらは感極まって僕に抱きついてきた。

 

(これは夢に違いない。ぬいぐるみが喋るなんて……)

 

「もしキミがウサギの生まれ変わりなら、これが夢であっても、キミと再会できて嬉しいよ。でも、キミは僕と喋ることができるのかい?」

 

「失礼しました。はい。ワタシは神使ですので、言葉を喋ることができます。再会が嬉しくて、感激のあまり役目を忘れてしまいました。アキラ様を雪の国に招待した事情を説明するよう、雪姫様から申し付けられているのです」

 

 そのウサギはそう言って僕から少し離れた。

 

「雪の国って、一体どこなんだ? 日本じゃないの? それに雪姫もここにいるの?」

 

「はい。雪姫様もいらしゃいます。ここは『常世』という世界にある、雪の国です。雪姫様はその王女殿下です。アキラ様の住んでいる日本国は、もうひとつの世界『現世』とは隣り合わせで、お互いに影響を及ぼしあっているのです……」

 

「雪姫が常世にある雪の国の王女だって? 意味がわからない……」

 

「ワタシも詳しくは存じませんが、常世は現世の上位次元の世界で、二つの世界では様々な生命エネルギーが循環しているそうです。雪姫様は多少は王女らしからぬ点がありますが、立派に使命を果たされています。他の国々との調和を図るという役目を負っており、現世と常世のバランスを保つためにも働かれています。スキー場の訪問は、その中のひとつの使命だったのです」

 

「スキー場でジャンプができる者を探すことが使命だって?」

 

「はい、その通りです。他国の代表をもてなす催しが予定されており、その催しに参加者してくれる方を探していたのです。しかし、催しが雪の斜面からジャンプするという、雪の国では馴染みのないことでした。このため、準備がギリギリになり、もう見つからないと諦めるところでした。しかし、催しの直前に、アキラ様が現れました。この巡り合わせは奇跡なのです!」

 

 そらが興奮気味に話した。

 

 これが夢だと思いながらも、僕は流れに身を任せることにした。

 

「他国の使者をもてなす催しをするって、常世には雪の国の他にも国があるの?」

 

「はい、たくさんの国が存在しています。雪の国の同盟国としては、天人の国、魔法の国、冥府の国があります。それぞれの国には象徴するエレメントがあり、現世とはそのエレメントで深く繋がっています」

 

(エレメントで繋がっていると言われても……。取り敢えず話を合わせよう)

 

「そうなんだ。それなら現世や他の国と、自由に行き来しているの?」

 

「いいえ、現世には不干渉が原則です。雪の国では、女王様や雪姫様など一部の方が、限られたときにしか、現世に行けません。また常世の他の国ともほとんど交流がありません。各国には、他国の侵入を防ぐ結界があるのです。しかし、一つの国では解決できない問題が大きくなり、同盟を結んだり、争うようになっているのです」

 

(『現世への不干渉』が原則なら、なぜ僕をここへ呼んだのだろう? そもそもこれが夢とも現実ともわからないが、一国で解決できない問題ってなんだろう?)

 

 僕はそらに常世で何が起きているのか訊ねた。

 

 そらの話では、常世の大気が、地球環境の汚染や社会文明の進化により変質したという。そして、常世も温暖化の影響を受け始めているようだ。

 

「じゃあ、現世の環境問題やエネルギー問題が、間接的に常世に影響しているっていうことなの?」

 

「そうなのです。雪の国では、万年雪が解け始めている上、精霊や妖精の数も減っているのです。隣にあった草原の国は、砂漠化したこともあり、国が滅びてしまいました……」

 

「じゃあ、国同士で資源の争いもあるの?」

 

「残念ながら……」

 

 そらは、雪の国と東の大国の関係について話しはじめた。この常世でも温暖化の影響が増しており、特に資源を巡る争いが激化していると語った。この資源争いの中、次々に周辺国を併合し、勢力を広げているのが東の大国だという。

 

 砂漠化した土地の多い東の大国では、水が不足し、雪の国の豊富な水資源を欲しがっている。その東の大国は、滅んだ草原の国を吸収し、その民を尖兵とし、雪の国を攻めさせたのだ。

 草原の民は巨大な虫を操り、雪の国を何度も襲撃した。しかし雪の国は、外周にある大雪原の一部が占領されただけで、雪の国を守護する結界は一度も破られなかった。

 

 緊張が続く中、最近になって東の大国から和平を望む先触れの使者が訪れたという。その結果、和平と温暖化の対策を話し合うことになり、東の大国の代表が雪の国を訪問することになった。

 

 

  つづく

 

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