透き通るような髪の彼女を見掛けたときには、すでに簡単なストレートジャンプをするつもりでスピードを抑えていた。キッカーは目前に迫っていた。彼女と目が合ったような気がして、最後の最後にスピードを上げた。
(どうする? 挑戦する? これが失敗したらどうなるんだろう……)
彼女の前で最高のパフォーマンスを見せたい。リスクは計算済みだ。力強く踏み切り、飛び上がるタイミングで思い切り身体を捻る。縦に1回、横に2回転させてジャンプする。着地もなんとか成功した。額には冷や汗が滲んだ。
(ふぅ、ハラハラした……、けど、なんとか成功できた……)
スキーを止めて振り返ると、キッカーの整備担当者が手を振って喜んでいる。僕は手を高く上げて応えた。キッカーの横を見ると、ジャンプを見ていた透き通るような髪の女性が立っていた。僕は名残惜しいと思いつつ、パークエリアから離れようとした。
「待って!」
振り返ると、ぬいぐるみを大事に持ちながら、笑顔でスノーボードを操ってきた。
「凄いね! とてもカッコよかったよ! 驚いちゃった」
彼女は、まるで以前からの知り合いのように、明るく話しかけてきた。僕は少し驚いたけど嬉しかった。
「えっ! ありがとう――」
「クルクル回ってジャンプする人なんて初めて見た! 他のスキー場にはいなかったよ。どうしたらあんな風に飛べるの?」
「あっ、その……、まだシーズン初めで雪が少ないから、ジャンプできる場所は少なくて……、だから他のスキー場にはいなかったんだと思うよ」
「そうなのね……、全然知らなかった。でも、とても上手ね」
「僕はシーズン前に室内のスキー場で練習していたから……」
「室内で練習? 室内でジャンプできるの?」
彼女は興味津々だった。
「それほど大きくないけど、人工雪の室内スキー場があるんだ。交通の便が良い場所にあるから、時々通って練習をしているんだ」
「へー、そうなんだ。凄いね」
「雪の代わりにマットを使った屋外のジャンプ施設もあるよ。トランポリンで練習もできるし……」
そう言った後で、唐突に話し過ぎてしまったと反省した。
「よくわからないけど、色々あるのね。これより大きいジャンプもできるの?」
「うん、練習ではもっと大きいジャンプをしているよ」
「そうなの? そうなのね。じゃあ、一緒に滑って、もっと飛んでいる所を私に見せてよ!」
彼女の態度は親しげで、その軽いノリに少し戸惑った。こんなに美しい女性が、理由もなく接近してくるなんて考えられない。
(からかわれているのだろうか?)
「一緒に滑ろうって言っても、冗談だよね?」
「ううん。本気だよ」
彼女は屈託のない笑顔を見せた。
「――僕は一人だから構わないけど、結構なスピードを出すよ。そんなに大きなぬいぐるみを持ったままで、本当に大丈夫?」
彼女はウサギのぬいぐるみを軽く撫でた。
「うん、私も一人だから。それにこの子も大丈夫だよ」
「大事なモノなら滑っている最中に失くしたりしないように、ロッカーに預けた方がいいんじゃない?」
「この子は、どこにでも一緒に行きたがるの。だから、今日も連れてきたんだ。それに、一緒に滑りたがっているし……」
彼女は少し曇った顔になった。
「えっ? 大切なんだね」
「ええ、とても大切な存在よ。三人で一緒に滑ろうよ」
(三人って、ぬいぐるみも含めるのか。なんだか不思議な感じだけど、面白そうだ)
「わかった。じゃあ、一緒に滑ろう」
彼女は、ウサギのぬいぐるみをとても大切に扱っている。ぬいぐるみを撫でる動きは、とても優しかった。その様子を見て、このぬいぐるみには何か特別な意味があるのだろうと感じた。彼女の瞳には、とても深い愛情が宿っていた。その笑顔を見ていると、ちょっとだけ話に乗ってみたいと思った。
それに、初めて会ったはずだけど、どこかで見たことがあるような気がする。彼女の姿やその透明感のある髪の色が、あの夏の京都の記憶と重なった。
(あの日、京都で出会った女性と同じだ。あの夏の京都での出来事……それもまた特別な時間だった。それは別の機会に考えるとして、今は彼女とのスキーを楽しもう)
僕たちはスキーとスノーボードでリフト乗り場に向かって移動した。
つづく