クリスマスの朝は曇っていたが、午前中には晴天になった。『雪姫』という透き通るような髪の女性の前で、僕は最高のジャンプができて満足していた。
彼女は僕のジャンプに喜び、ぬいぐるみに明るく話しかけるような素振りを見せている。徹底して雪女か何かのキャラになりきっているようだ。
「アキラ……実は、話があるんだけど――」
そんな明るかった彼女の顔が少し曇った。彼女がコスプレのキャラクターから抜け出して本来の自分に戻る時間なのか、それとも他の仲間と合流したり別の場所に移動する時間なのか……。
何にせよ、楽しいクリスマスのひとときだった。一緒に滑ってくれたことへの感謝を彼女に伝えようと思った。
「――私、お腹が空いちゃった。少し早いけど一緒にお昼を食べない?」
「……えっ?」
彼女の提案に拍子抜けをした僕を見て、彼女は照れくさい笑顔を浮かべた。
――
彼女には、単なるコスプレのキャラクターとは思えない雰囲気がある。もしスノーボードなどしておらず、雪が降りしきる中で会ったのなら、本物の雪女だと思っただろう。
彼女からの予想外の提案を受け入れ、僕たちはゲレンデのレストランに入った。まだ11時になったばかりだったので、店内は空いていた。二人ともカレーライスとサイダーを注文し、ゲレンデが見渡せる窓側の席に座った。
「雪姫の髪の色、サイダーと一緒だね」
「ありがとう……。だから私はサイダーが好きなの。カレーも大好き!」
そんな当り障りのない会話をしながら、二人で熱いカレーを食べた。僕が年末まで滞在することを話すと、彼女は驚くほど喜んだ。
(彼女もこのスキー場に撮影で滞在するのだろうか?)
彼女が『雪姫』を演じる理由は、この土地の伝説に関連しているのかもしれない。何か深い秘密や物語が隠されているように思えた。雪姫というキャラクターは、住む場所は山の上で、スマホやテレビは持っていない。最近の流行は全く知らなくて、今の服装は普段着らしい。更にウサギのぬいぐるみに時々話しかけて頷いている。
(どこまでが『雪姫』というキャラの設定なのだろうか? この山の雪女にでも、なりきっているのかな?)
彼女の正体や背景は謎だった。しかしその髪の色は、以前京都で出会った女性を思い出させた。初対面のはずなのに、彼女と一緒にいると不思議と安心する感覚がある。僕は彼女の独特の魅力に引き込まれていった。次第に惹かれていくのが自分でもわかった。
(こうやって別のスキー場でも誰かに声をかけていたのかな?)
「ねえ、アキラって雪が好きなんでしょ?」
「うん、好きだよ。ただ、雪そのものより、雪のある場所の方が好きかな」
彼女は僕の答えに満足して頷いた。
「わかるわかる。そうだよね。だったら、温暖化で雪が降る場所が少なくなってしまうのは、やっぱり嫌だよね?」
「それは嫌だよ! 地球温暖化なんて、これ以上は進んで欲しくない」
「良かった。アキラが同じ考えの人で。温暖化って、まるで他人事ように考えている人もいるのよねー」
彼女が溜息まじりに呟いた。
「僕は他人事じゃないから……。温暖化の詳しいことは、正直に言って僕にもよくわからない。でも、異常気象で災害が起こり、多くの人が亡くなり、苦しめられている――。だからと言って、何か特別なことをできるわけでもないのが、もどかしい」
僕は台風による土石流で祖母を目の前で失ってから、地球温暖化や異常気象には過敏に反応してしまう。
「そうだよね。私もそう思う。温暖化は止めたいけど、そのために何ができるのかは簡単じゃないよね。でも、どんなに難しくても、強く信じて、みんなで行動すれば奇跡が起こせると思う!」
彼女は僕に同調し、少し熱くなっていた。
「雪姫って、地球温暖化防止のキャンペーンか何かのキャラクターなの?」
「えっ、あぁ、違うよ。……実は私は、力を貸してくれる人を探していたんだ」
「えっ? 人を探していた?」
「そう。幾つか他のスキー場も見て回ったけど、ジャンプができる人が見つからなくって……」
「ジャンプができる人?」
「そうだよ。アキラに会えて良かった――。アキラならピッタリ!」
(そうか……やっぱり、僕である必要はないんだ……)
僕は彼女の笑顔を直視できなくなった。好感を持たれているという期待が外れ、惹かれ始めていた気持ちが冷める。
(先輩に振られたばかりなのに、また同じ勘違いをする前で良かった……)
その期待外れに、僕の心は急に冷めてしまった。惹かれはじめていた気持ちが冷める。僕は気持ちを切り替えた。
「そうなんだ。でも、ジャンプと言っても色々種類があるけど、さっきみたいなジャンプでいいの? それに見つかったらどうするの?」
「えっ、色々あるの? それは困ったな……。でも、あんなスゴイジャンプなら問題ないと思う。理由は明日になれば話せるけど、今はまだ内緒なの――」
ガッカリした気持ちを隠しつつ、僕が問いかけると、彼女は笑顔で誤魔化した。
冷めはじめた僕の心に、もう彼女の笑顔は響かない。彼女が実際に求めていたのは、僕個人ではなく、ジャンプが得意な誰かだった。
それにも関わらず、僕は彼女への未練を感じた。彼女と別行動を取る理由もないし、その決心もできない。雪姫に頼まれて、僕は午後も彼女と一緒に滑ることになった。
つづく